ゲゲゲの森の奥にネコ娘の家はポツンと一軒だけ建っている。

「ネコ娘!上がるよ」

そう声を掛け、鬼太郎が勝手知ったるように玄関を入ると
炬燵で編み物をしていたネコ娘が驚いた様に顔を上げた。
いつもなら満面の笑みを湛え、鬼太郎を迎えるネコ娘だが
今、目の前の彼女の瞳は戸惑った様な色を見せている。

ネコ娘の姿をした全く別の誰か・・・

鬼太郎は用心深くネコ娘の姿をした見知らぬ者の様子を探るが
邪気などは感じない。
それに・・・

「半年前・・・突然の事故・・・その時にキミは・・・
 全部覚えてるよね?」

彼女がコクリと頷く。

「悪いけど・・・ネコ娘と話したいんだ。代わってくれるかな?」

またコクリと頷くとネコ娘の身体がグラリと揺れ、
鬼太郎がよく知る妖気を纏ったネコ娘が現れた。
が、彼女は下を向いたまま、鬼太郎の顔を見ようとはしない。
顔を見ずとも鬼太郎が怒っているだろうことは容易にわかるからだ。

静かな時間が暫し流れ、ネコ娘がこの空気に耐え切れぬ様に小さな声で呟いた。

「ごめんなさい・・・でもね・・・」

鬼太郎は腕組みをしたまま真直ぐその隻眼をネコ娘に向けている。
静かに怒っている鬼太郎を前にネコ娘も口を噤んでしまう。
が、そんな二人の仲を取り持つように目玉の親父が口を開いた。

「鬼太郎はお前さんのことを心配してるんじゃよ。
 お前さんも知っとるだろうが、実体の無いモノを身体の中に長く留めれば
 それだけお前さんの生気が吸い取られ、身体を乗っ取られることにもなりかねん・・・
 そうなったら、ネコ娘自身は消滅してしまうんじゃよ・・・」

「でも・・・彼女は・・・“理沙ちゃん”はそんなこと・・・」

「そう。そこなんじゃよ・・・いくらその少女にその気は無くとも
 不自然にこの世に止まっている以上、そうせざる負えない・・・
 それが実体の無いモノ・・・幽霊というものなんじゃ・・・」

目玉の親父にそう言われてもまだネコ娘は“理沙ちゃん”を身体から
出す気は無いようだ。

−−−全く・・・ちょっと目を離すとこれだ・・・−−−

鬼太郎が小さく溜息を吐く。

「で?理由を聞こうか・・・ネコ娘・・・」

静かな口調だがその声色は怒っている。

「・・・」

鬼太郎と目も合わせられずにネコ娘は下を向いたまま黙っている。

「そう・・・話してくれないなら仕方ない・・・問答無用でキミの身体から
 “理沙ちゃん”を追い出すけど・・・いいんだね?」

「駄目!!・・・お願い鬼太郎・・・明日の夜まででいいの。
 “理沙ちゃん”をこのまま私の中にいさせて・・・」

この時初めてネコ娘が鬼太郎に顔を向けたが、その顔色は青白く
大分生気を吸い取られてしまっているようだ。

「明日の夜?そんなに消耗してるっていうのに・・・」

この状態ではいつ倒れてもおかしくは無い・・・
鬼太郎のそんな心配をよそにネコ娘の顔が横に振られる。

「“理沙ちゃん”、明日の彼の誕生日にこのマフラーを渡したいだけなの。
 編み掛けのまま逝ってしまったから、心残りでこのままじゃどこにも行けない・・・」

「そんな事の為に?・・・キミは事の重大さがちっとも分かってない!!」

−−−そんな事の為にキミはボクを残して消滅してもいいと・・・?
   キミにとってボクの存在はその程度のものなのか・・・? −−−

鬼太郎にしては珍しく声を荒げた。

「だって・・・“理沙ちゃん”の気持ち、私、分かるから・・・
 “理沙ちゃん”、幼馴染の彼をずっと好きだったの・・・彼が振り向いてくれなくても
 ずっとずっと好きだったの・・・ 
 だから今度の彼の誕生日にマフラーを渡して『さよなら』が言いたいだけなの。
 ただそれだけなの・・・」

振り向いてもくれない彼をずっとずっと想い続ける辛さ、切なさ、寂しさ・・・
“理沙ちゃん”の想いはそのままネコ娘の想いなのだろう・・・
これ以上何か言ってもネコ娘を追い詰めるだけだ。

鬼太郎はひとつ大きく溜息を吐く。

「いいかい?少しでも異変を感じたらすぐにボクに言うんだ。約束出来るね・・・」

「うん!!」

ネコ娘の顔に満面の笑みが浮かぶ。

「それと・・・父さん・・・すみませんが、少し後ろを向いててくれませんか?」

少しばかりテレたようにそう言う息子に目玉の親父は込み上げる笑いを噛み殺し
クルリと後ろを向く。

鬼太郎の唇がネコ娘の唇と重なり、彼が生気をネコ娘に分け与え
唇を離した。

「にゃ・・・え・・・あの・・・」

今のは口づけでは無い。
消耗している自分に生気を分けてくれただけなのだ・・・
真赤になって逃げ出したい気持ちをネコ娘は辛うじて抑えた。
鬼太郎もまた目玉の親父の手前か、殊更淡々とした口調で

「これで暫くは大丈夫だから・・・」

と、言うが、その頬が微かに朱に染まっているように見えるのは
気の所為だろうか・・・?

「ところでネコ娘・・・“理沙ちゃん”の彼はお前さんの中に“理沙ちゃん”がいることを
 わかっておるのか?」

まだ後ろを向いたまま、目玉の親父がネコ娘に尋ね、
鬼太郎が正面を向かせる。

「うん。知ってる。昨日、公園で“理沙ちゃん”が彼に話したから。
 もちろん最初は信じてくれなかったみたいだけど、二人しか知らない子供の頃の話をしたら
 信じてくれたみたい」

昨日の夕方、ねずみ男が見た【公園で人間の男と一緒にいたネコ娘】は
やはりネコ娘の身体を借りた“理沙ちゃん”だったようだ。

鬼太郎はネコ娘にもう一度、異変を感じたらすぐに知らせること・・・と、念を押し
彼女の家を後にした。
 




「全く・・・人間の・・・しかも幽霊の恋心に肩入れして自分の身を危険に晒すなんて
 無茶もいいとこだ・・・」

まだ本当には納得出来かねている鬼太郎がぼやく。
そんな息子に目玉の親父は頭上から

「振り向いてもくれない“彼”を想う気持ちが二人を結びつけたとしたら
 今回の原因は誰にあるのか・・・のう?」

暗にネコ娘に素直に気持を伝えない鬼太郎、お前が悪いのだと言った。

「・・・まだボクの力では無理です・・・悔しいけど強大な敵を前に守り切れない・・・
 それに・・・」

「それに・・・?なんじゃ?」

鬼太郎の唇が薄っらと笑みを象る。

「まぁ・・・いろいろと・・・」

目玉の親父は怪訝そうな表情を浮かべ首を傾げるが、
それ以上聞くのは野暮なことだろう・・・


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