気が遠くなるような年月を重ね、鬼太郎もネコ娘も今や人間の年齢でいうと
17〜8歳ぐらいになっていた。
鬼太郎の方は身長が著しく伸びた以外は相変わらずの風貌だが
美少女だったネコ娘の方は妖艶とも言える美貌の持ち主に成長していた。


「猫先輩!こんな処でバイトしなくたって、猫先輩なら絶対芸能界で活躍出来ますよ〜!!
 この店の男共もお客さんもみ〜んな猫先輩目当てなんですよ!」

そう言って話し掛けてきたのはバイトの後輩・沙希。
彼女は憧れの先輩・ネコ娘と同じシフトになれたことに興奮気味なのだ。
すると、もう一人の後輩・詩織がその話の仲間に加わって来た。

「駄目ですよね!猫先輩にはちゃぁ〜んと彼がいるんだから!
 私、見ちゃったんですよ!」

詩織は、仕事を終えたネコ娘が、外で待っていた男性に駆け寄り
二人で仲良さそうにどこかに歩いて行くのを目撃した・・・と言うのだ。

「猫先輩と彼氏、超ラヴラヴって感じでしたぁ!!」

詩織は羨ましそうにそう言うが・・・

−−−そんな甘い話じゃぁないのよねぇ・・・−−−

ネコ娘の唇から小さな吐息がひとつ零れる・・・

そう・・・あの日は・・・ネコ娘の知り合いが巻き込まれた妖怪絡みの事件を解決してもらう為に
鬼太郎に来て貰っただけの話なのだ。
言わばネコ娘はその案内役・・・ただそれだけのこと・・・

「良いこと思い付いた!!今度、彼氏同伴の食事会しましょうよ!!」

沙希が猫先輩の彼氏見たさに変な提案をする。

「きゃぁ〜!!それいい!!絶対賛成!!」

詩織も大いに盛り上がる・・・が・・・

「んにゃ!!ダメ!ダメ!!鬼太郎は・・・あの・・・忙しい・・・そう!すっごく忙しい人なの!
 だから時間とれないと思う!」

鬼太郎は彼氏じゃない・・・そう言えればこの話もすぐに終わるのだが・・・
バイト先の後輩二人の前だけでも鬼太郎を彼氏ということにしておきたい・・・
それ位は許されるのではないか・・・ネコ娘の切ない乙女心だ。

「大丈夫ですよ〜!!猫先輩の彼の都合の良い日でいいですから!
 私達の彼は学生で時間は融通ききますから!!」

結局二人に押し切られる形で【彼氏同伴食事会】の約束をさせられてしまった・・・

−−−あぁ・・・どうしよう・・・絶対鬼太郎が来てくれる訳無いよぅ・・・−−−

ネコ娘がガックリと肩を落とす・・・その窓の外でこの話の一部始終を聞いていた男がいた・・・

−−−面白い事になってきやがったぜ!!−−−

髭をビビビっと揺らしながら足早に横丁へと戻って行った・・・








「・・・という訳であの猫女の奴、【彼氏同伴食事会】をする破目になってやがんの!!」

鬼太郎につい先ほど盗み聞いたネコ娘と後輩二人の話をねずみ男は面白そうに話すが、
肝心の『鬼太郎が彼氏』と思われてる事は隠していた。

「見栄っ張りの猫女のことだ。誰かに彼氏の振りを頼むんじゃねぇか?
 黒鴉の奴ぁ、二つ返事でイソイソと引き受けるだろうが
 あのビジュアルじゃぁ人間とは会わせられねぇしな・・・」

湯呑を持つ鬼太郎の手にじょじょに力が籠る。

「あっ!蒼がいるじゃねぇか!!・・・駄目かぁ・・・丁度帰って来るとは限らねぇ・・・
 まぁ、そんでもよ。あの猫女、人間の男にモテモテだからわざわざ妖怪の男に頼まなくたって
 正真正銘人間の男が彼氏役を引き受けてくれんだろうけどな。
 役だけじゃなく、そのままよぅ・・・」

「そのまま・・・なんだい?」

ねずみ男を見つめる鬼太郎の隻眼に闇が映り、その口元には薄い笑みが張り付いている。

−−−調子に乗り過ぎた・・・−−−

身体中から冷たい汗が噴き出す・・・きっとただじゃ済まないだろう・・・
いつもしたり顔で自分に説教を垂れる鬼太郎にちょっと嫌がらせをしたかっただけ・・・
それともう一つ・・・


「鬼太郎〜!!いる?」

バイトを終えたネコ娘がケーキの箱を手に入口から顔を覗かせた。

「・・・あんたもいたの・・・」

ねずみ男の顔を見てネコ娘が露骨に嫌な顔をする。

「オ・・・オレは丁度帰ろうかなぁ〜と・・・」

言うが早いかネコ娘の横をすり抜けダッシュで逃げ去って行った。

「珍し〜!!いつもなら目聡くこのケーキの箱に目を付けて
 その上夕飯までずーずーしく食べていくのに・・・」

不思議そうな顔をしながら卓袱台にケーキの箱を置き、台所でお茶の用意をするネコ娘・・・
まるで自分の家のようにこのゲゲゲハウスの風景に溶け込んでいる。

「ねずみ男だってたまには忙しいこともあるんじゃないかな?
 それとも・・・ねずみ男がいた方が良かったかい?」

「そんな訳ないじゃない!!ただ・・・私が邪魔しちゃったかなぁって思って・・・」

「いや・・・ネコ娘が来てくれて良かった・・・」

じゃなかったらねずみ男の奴は今頃どうなっていたか・・・

そんなことは何も知らないネコ娘は鬼太郎の言葉に頬を染め、ニッコリと嬉しそうに微笑んだ。






あれから一週間・・・ネコ娘は未だに鬼太郎に【彼氏同伴食事会】の話を切り出せないまま
時間だけが過ぎていく・・・
それなのに、後輩には毎日のように食事会の話を持ち出され
とうとう今度の水曜日の午後七時、店は近くのレストラン・・・という流れになってしまった。

−−−今日こそ、沙希ちゃんと詩織ちゃんにちゃんと本当の事を言って謝ろう・・・−−−

そう決心してバイト先に行ったネコ娘だったが、肝心の後輩二人は試験の為に当分休みだと聞かされた。
試験が終わるのがあの約束の水曜日・・・それまでは会うことも出来ない。

−−−食事会には私ひとりで行って・・・ちゃんと謝ろう・・・−−−

鬼太郎を彼氏だなんて嘘を吐いた自分が悪いのだ・・・彼にとって自分はただの仲間・・・
そんなことは少女の頃からもうとっくに分かってたことなのに・・・

ネコ娘の伏せた瞳から一粒涙が零れ落ちていった・・・





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