甲高い笑い声が響く中、鬼太郎の身体が力無く崩れ落ちる。

鬼太郎の中で千々に乱れる感情と、それを抑えようとする理性が鬩ぎ合うのが、
岩場に隠れるねずみ男にもありありと伝わり、痛々しくて見ていられない。

---どうすりゃいいんだよぅ・・・---

普段、悪知恵だったらすぐに閃く脳味噌だが、こんな肝心な時には全く働かない。

---このままじゃ、鬼太郎もネコ娘の奴も・・・---

幽霊族の鬼太郎は不死身だ。
そのことはねずみ男もよく分かっている。
が、鬼太郎とて妖力、肉体ともに奪われたら、また、ゲゲゲの鬼太郎として再生するまでには
何百年かかるか計り知れない。
猫妖怪のネコ娘にいたっては、呼吸できなければ完全に霧散してしまうだろう・・・

ねずみ男の目に防御本能だけで女郎蜘蛛の吐く蜘蛛の糸を避ける鬼太郎の姿が映った。

---あぁ・・・オレがあの時、余計な事を言わなきゃよぅ・・・---

『あいつは猫に御執心だからよ』

自分が何も考えずに言ってしまったひと言・・・このひと言が無ければ
女郎蜘蛛はネコ娘を餌に鬼太郎を誘き出すこともなかっただろう・・・

もし・・・もしこのまま二人が消えることになったら・・・それは・・・

---オレの所為だ---





 ねずみ男が珍しく自己嫌悪に陥ってる頃、ここ横丁では目玉親父の号令の元、
皆が女郎蜘蛛の情報収集に走り回っていた。

「心配せずとも大丈夫じゃよ。お前さんにはわしや鬼太郎・・・横丁の仲間がついとる」

ネコ娘の硬く握られた手に、目玉親父の小さな手がソッと重ねられる。
今やこの目玉妖怪の記憶も失くし、自分が何者なのかも定かでないネコ娘だが、
その手の温もりはとても優しく、動揺する気持ちを落ち着かせてくれた。

そんな二人のいる部屋に、砂掛けの大きな声が響いてくる。

「親父殿!分かった!分かったんじゃよ!!女郎蜘蛛の目的が!!」

息が整う暇もなく砂掛けは集めてきた情報を目玉親父に話し始めた。

「なんと!そう言うことじゃったか・・・」

小さな手がバケローに伸ばされた。





 女郎蜘蛛の笑い声に雑じり鬼太郎の苦しそうな呻き声がねずみ男の耳に届く。
先程まで何とか攻撃をかわしていた鬼太郎だが、とうとう蜘蛛の糸に捕まり、
手も足も動かせない状態になっていた。

---鬼太郎!!---

もう傍観している場合ではない。
自分なんぞ出て行ってもすぐにやられてしまうことは分かっている。
悪くするとこの洞穴に自分の屍が転がることになるだろう。

---いや・・・転がる暇もなく霧散だぜ・・・---

だが・・・それでも・・・

---てめぇのケツはてめぇで拭かなきゃ・・・な---

自分の安易なひと言が、今のこの状態を招いたのだ。
ねずみ男は意を決し立ち上がり、竦む足を一歩前に踏み出した____と、その時、
内ポケットに入れていた携帯電話が振動し、着信を知らせる。

---ったく誰だよ!こんな時によぅ!---





 女郎蜘蛛が少しづつゆっくりと鬼太郎を捕えた蜘蛛の糸を手繰り寄せる。
ネコ娘の命をこの妖が握っている以上、鬼太郎は言いなりになるしかない。
それで少しでも彼女が助かる可能性があるのなら・・・

長く赤い爪を蓄えた指が、鬼太郎の頬を撫でようと伸ばされる____

「ちょっと待ったぁ!!」

岩場の陰からねずみ男が転げる様に二人の前に出てきた。

「お前の目的は“ぬらりひょん”なんだろ!」

この言葉に女郎蜘蛛の表情が強張る。

「“ぬらりひょん”の奴に利用されるだけ利用されて、最後は盾にされ殺された
 お前の旦那の敵を討つために鬼太郎の妖力が欲しい・・・そういうこったろ?!」

「あぁ・・・そうさ!今の私の妖力じゃ太刀打ち出来ないのは分かってるからねぇ」

「だったらよぅ!こんなことしなくても鬼太郎と協力して
 “ぬらりひょん”の奴を倒せばいいだけじゃねぇかよ!」

「ふん!猫妖怪に現をぬかす腑抜けに協力などしても
 また奴を逃すのがオチだろうさ!!」

今まで何度も鬼太郎はぬらりひょんを追い詰めてはいるが、結局は逃がしてしまっていた。
それは彼の妖の老獪さによるものなのだが、女郎蜘蛛はそうは思っていないようだ。

そんな女郎蜘蛛の言葉にねずみ男の顔が見る見る険しくなる。

「・・・女に・・・女に現をぬかして何が悪ぃってんだよ!
 コイツの敵は“ぬらりひょん”だけじゃねぇ!西洋妖怪も中国妖怪も隙あらばコイツを倒そうと
 狙ってやがんだよ!ほんの少し・・・ほんの少しの時間でも好きな女の傍で安らぎたいと思っちゃ
 いけねぇのかよ?!!」

ねずみ男はなおも続ける。

「復讐にだけ囚われて、てめぇのことが見えてねぇだろうけどよ!
 この汚ぇやり口は・・・“ぬらりひょん”そのものだぜ!!」

「私が・・・同じ?・・・違う!私は・・・」

女郎蜘蛛が初めて動揺を見せた。

「今のお前を見たら、旦那は何て言うだろうな?!
 命を奪った憎い妖と同じに成り下がった女房を見てよぅ!!」

鬼太郎を捕えていた蜘蛛の糸がスルスルッと解け、女郎蜘蛛が一歩二歩と後退りする。

やったぜ!___ねずみ男は内心胸を撫で下ろす。

「女郎蜘蛛よぅ・・・もう少し待っちゃくれねぇか?
 ほんの100年か200年経ちゃぁよぅ。
 そうすりゃぁ、鬼太郎の成長とともに妖力も今よりもっと強大になるってもんだぜ!
 “ぬらりひょん”も歯がたたない程にな」

力が抜けた様に女郎蜘蛛はその場にへたり込み、

「100年・・・いや・・・200年後・・・“ぬらりひょん”を倒すと約束出来るのか?
 鬼太郎・・・」

鬼太郎を見つめる女郎蜘蛛の目に先程までの険しさは無い。

「約束する。ボクが必ずこの手で倒して見せる」

この言葉に女郎蜘蛛は大きく息を吐くと、一本の細い針を差し出した。

「これは鼈甲蜂の針・・・これで指輪を砕けば猫妖怪の記憶も元に戻る・・・
 手遅れにならないうちに早くお行き!」

鬼太郎は小さな針を握りしめ、出口へと走り去って行った。

「待ってくれよぅ!鬼太郎ちゃん!!オレ様のお陰で助かったんだろがよ!!
 置いてくなんて、そりゃないぜ!!」

叫ぶねずみ男もまた、鬼太郎の後を追い、洞穴を後にした。


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