鬼太郎が妖怪アパートに走り込むと、そこには砂掛けに抱かれた人形の様なネコ娘の姿があった。
目は開いているが何も映さず、その唇が動くこともない。
もう何の感情もないのが、その表情で分かる。

皆が口々に鬼太郎の名を呼ぶが、今は誰の言葉も鬼太郎には聞こえない。
その隻眼が映すのはネコ娘唯一人だ。

ネコ娘の手をソッととり、握りしめていた鼈甲蜂の針を指輪目掛けて振り下ろす____

パリ パリ パリ・・・ガッシャ――――――ン・・・

いとも簡単に煌めいていた宝石部分が崩れ、それと同時に何をしても外れなかった指輪が
ネコ娘の指からスルリと落ちて消えていった。

「ネコ娘!ネコ娘!!」

鬼太郎が数度、ネコ娘の身体を揺さぶると

「んにゃっ?鬼太郎、恐い顔してどうしたの?・・・あれ?皆、集まって何かの相談にゃ?」

いつものネコ娘に戻り、集まっていた皆が胸を撫で下ろし、それから大歓声があがった。

「えっ?えっ?何があったのよぅ?!!」

そんな妖怪アパートの外には、ねずみ男がひとり、大歓声を背に空を見上げる姿があった。

「ふんっ!やっと元のバカ猫に戻ったみてぇだな・・・」




 それから・・・数日が経った鬼太郎ひとりのゲゲゲハウスに、ねずみ男がやってきた。

「猫女の奴!記憶が戻った途端、小煩いったらねぇぜ!
 女郎蜘蛛に頼んで、オレの記憶だけ消して貰いてぇもんだ!」

「いくら女郎蜘蛛でもそんな器用な真似、出来ないよ」

本をパラリと捲りながら鬼太郎が答える。

「いわばオレ様はお前ら二人の命の恩人だぜ?!
 もうちょっと敬ってもいいんじゃねぇのって話しだよ!」

「ネコ娘は記憶が無かったんだからしょうがないよ」

本を卓袱台に伏せ、鬼太郎がゴロリと横になる。

「・・・お前は・・・よ?」

ねずみ男がぽつりと呟く。

「ボクは充分感謝してるさ」

鬼太郎の隻眼は天井に向けられている。

「まぁよ・・・あん時の言葉は殆どお前の親父の受け売りだけどな」

「お前が正直に言うなんて・・・明日は雪でも降るんじゃないか?」

「ちぇっ!それが感謝してる態度かっつ〜の!」

鬼太郎が面白そうにクスクス笑う。

「笑ってる場合じゃねぇよ!ネコ娘の奴によ〜く言っとけよ!
 今後一切落ちてるもんは拾うなってな!」

そういう問題ではないと思うが・・・

「お前が一番危ないんじゃないか?」

「オレはいいんだよ!あの猫女みたいに鈍臭くねぇからな!
 それに、仮にオレ様が餌にされても、お前は助けにも来ねぇだろっつ〜の!
 自分の身は自分で守るぜ!」

そう言いながらも、この男、今まで何度鬼太郎に助けられたことか・・・

「助けるさ」

「へっ?」

「お前はボクの親友なんだろう?その親友にいなくなられちゃ淋しいからね」

「な・・・なんだよ!素直で気持ち悪りぃぜ!!」

殊更吐き捨てる様に言うのは、ねずみ男の照れ隠しなのだろう。
ゲゲゲハウスに鬼太郎の愉しげな笑い声が久々に響き渡った。






閉じてお戻りください