消失


 木造の小さな桟橋でのんびりと釣り糸を垂れる鬼太郎の横で
本を広げたままのネコ娘がコックリ コックリと、舟を漕ぎ出す。

−−−我慢してボクの傍にいることないのに・・・−−−

そう思う心とは裏腹に彼の隻眼が弧を描く。

コトン・・・不意に鬼太郎の肩が重くなり、彼女の頭がもたれ掛かった。

こんな時・・・ずっと微動だにしなかった釣り糸が上下に揺れる。

−−−やれ やれ・・・彼女のお陰でお前は命拾いしたようだよ・・・−−−

餌のミミズはすっかり食べられ、また釣り糸の動きは静かになる。

風が木立を吹き抜け木の葉を散らし、その一枚がネコ娘の髪に舞い降りた。
鬼太郎はソッとそれを指で摘み、彼女の読み掛けの本に挟み閉じると
その口元が満ち足りた笑みで象られていた・・・


そんな二人の様子をジッと見つめる赤い目が二つ・・・

−−−ゲゲゲの鬼太郎・・・欲しい・・・−−−






 
 −−−あぁ〜あ・・・何で寝ちゃったんだろう・・・−−−

バイト帰り、人間界を歩くネコ娘は昨日のことを思い起こしていた。
しかも、起きた途端鬼太郎に

『ネコ娘。口開けて寝てたよ』

クスクス笑いながら言われたのだ。
ネコ娘が望むロマンチックな展開には程遠い台詞・・・

−−−にゃぁぁぁ!!私のバカ!バカ!!−−−
 
ショックで俯きながら歩くネコ娘はフッと道端に何かキラキラ光る物が落ちているのに気が付いた。

−−−えっ?何?指輪?−−−

妖しい程の光を放つ大きな石は高価な物に違いない。
落した人間は今頃探し回っているだろう・・早く交番に届けねば・・・
ネコ娘が拾おうと屈みこんだ途端、目の前が真っ暗になった。

−−−やだ・・・眩暈・・・疲れてるのかなぁ・・・−−−

しかしそれもほんの一瞬のことで、気を取り直し改めて指輪に目を向けると
つい今までキラキラ光っていた物が目の前から忽然と消え無くなっている。

−−−見間違い・・・?−−−

そんな訳は無い・・・あんなに眩しい程にキラキラと輝いていたのだから・・・
その時・・・自分の左薬指に違和感を感じ恐る恐る視線を落とす・・・すると
あのキラキラ輝く指輪が自分の指にはめられているではないか・・・

−−−私が・・・?嘘!絶対にしてない!!−−−

いくら指から外そうと指輪を引っ張ってもネコ娘の指に丁度誂えた様な指輪はビクとも動かない。
だんだん気味が悪くなってきたネコ娘は妖怪横丁へと急いだ。







 砂掛けの妖怪アパートでは横丁自治会の会合が開かれ、鬼太郎親子も参加していた。
そこへ半べそをかいたネコ娘が

「指輪が・・・指輪がぁ〜!!」

血相を変えて飛び込んで来た。

「ネコ娘。一体どうしたんじゃ?落ち着いて説明せんか!」

砂掛けに言われ、ネコ娘は一度大きく深呼吸すると事の経緯を説明した。

「父さん・・・これはただの指輪ではないようです・・・微かですが妖気が・・・」

「どこぞの妖怪の仕業のようじゃが・・・一体何の目的があるのやら
 この指輪だけでは皆目見当もつかん・・・」

この親子の会話に会合で出されるおやつを狙って来ていたアノ男が口を挟む。

「おい おい、鬼太郎も親父もよぅ、まるっきり見当違いも甚だしいぜ!!
 この貧しい猫女が落ちてる高価な指輪を見て、フラフラ〜っと指にはめちゃった・・・
 それが真相だっつ〜・・・」

シャァーーーーーーーーッ!!バリバリバリッ・・・!!

「貧しいって何よ!!あんたと一緒にしないでよね!!」

猫化したネコ娘と顔を押さえ転げ回るねずみ男・・・

「今は内輪で喧嘩なぞしてる時ではなかろう!」

目玉の親父に怒られ、二人ともにシュンと俯き小さくなった。

−−−それにしても・・・−−−

ねずみ男は不安気な表情を見せる少女の指で妖しい光を放つ指輪を繁々と見つめ思考を廻らせる。
自分の記憶の中に確かにこの指輪がある・・・
でも・・・いつ?どこで?・・・頻りに思い出そうとするがあまりに些細な記憶なのか
思い出せない。
そんな時、ネコ娘が妙な事を言い出した。

「ねぇ?そこの男の子は誰?新しく横丁に来た子なの?」

ネコ娘が指す“男の子”とは誰のことなのか?
皆、キョロキョロと見回すが、この席に“男の子”はひとりだけ・・・

「こんな時に冗談なんざぁ、なに余裕ぶっこいてんだよ!このバカ猫!」

「冗談なんか言う余裕ないわよ!!アンタ!もう一回引っ掻かれたいの?!!」

ネコ娘の表情はとても冗談を言ってるようには見えない。

「ネコ娘・・・お前がずっと想い焦がれてる鬼太郎じゃないか」

この砂掛けの言葉にも

「私が?嘘!!だって見たことも無いのよ!」

知らないの一点張りだ。

「父さん・・・兎に角ネコ娘が指輪を拾った場所に行きましょう」

「うむ・・・そこから始めるしか手は無かろう」

テーブルから飛び降り、息子鬼太郎に近づくと彼の膝の上の両手は小刻みに震えていた・・・

−−−鬼太郎・・・−−−



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