障子窓を薄く開け、雲間に見え隠れする月を眺めながら
黒鴉はネコ娘の事を考えていた。
黒鴉とてネコ娘の想い人が誰か、薄々は気付いている。
聞くまでも無い、ネコ娘の態度を見ていれば一目瞭然だ。
だが、それは淡い憧れ、若い娘が恋に焦がれているだけだと思っている。
それに黒鴉が見るところ、ネコ娘の想い人は彼女を仲間以上には見てない様子だ。
きっとそのうち彼女もそのことに気付き、自分の方を振り向いてくれるのではないか・・・

「ネコ娘殿・・・」

黒鴉が溜息雑じりに呟いた時だった。
障子窓に妖しい影が映った。

「誰だ?!」

「黒ちゃん、オレだよ!オレ!!」

そう言ってねずみ男は薄く開いた障子窓から顔を覗かせた。

「ねずみ男?!」

唐突に現れたねずみ男に驚く黒鴉を尻目に、ねずみ男はズカズカと
部屋に上がり込む。

「今日はネコ娘のことで黒ちゃんにちょっと相談があんのよ。
 で、オレ様がわざわざ来たってわけ」

「ネコ娘殿の・・・?!」

黒鴉の頬がポッと赤くなる。

「なんか最近アイツ、悪い女妖怪に狙われちまってんのよ。
 でもよぉ〜。アイツじゃ歯が立たねぇだろ?で、黒ちゃんにその女妖怪を
 封印して貰いてぇわけ」

ねずみ男の言葉に黒鴉は怪訝な表情を浮かべる。

「今日お会いした時は何も言ってなかったが・・・
 そうか!・・・ねずみ男!なんの魂胆で私を騙そうとしているのだ!!」

黒鴉に襟首を掴まれるが、ねずみ男は余裕綽綽の態度だ。

「かぁ〜〜〜〜〜っ!!だから黒ちゃんはダメなんだぜ!!
 女心がまるっきり分かってねぇよ!!」

「女心?」

「『忙しい黒鴉さんに私のことで迷惑かけられないわ・・・』ってよぅ。
 健気な乙女心じゃねぇか!!」

「・・・ネコ娘殿がそんなことを・・・」

黒鴉は酷く感動しているが、ねずみ男は一言もネコ娘がそう言ったとは言っていない。
ただそう思わせる口の巧さが彼にはあった。
ねずみ男の襟首から手を離した黒鴉は、今日会ったにも関わらず
ネコ娘の悩みに気付いてあげられなかったことを心底申し訳なく思った。
そして、今日見た笑顔も本当は心からのものではなかったのだと
心が痛んだ。

−−−ネコ娘殿にはいつも心から笑っていてほしい・・・−−−

ネコ娘の眩しい笑顔が黒鴉の脳裏に浮かぶ。

「ネコ娘殿を付け狙う女妖怪、私が封印してみせる!!」

その言葉にねずみ男は心の中で−−−しめた!!−−−と叫ぶが、
もちろんそんな表情はおくびにも出さない。

「そうだよなぁ〜!それでこそ天狗ポリスのエースってもんだ!!
 よっ!黒ちゃん!!男の中の男!!」

ねずみ男に煽てられ黒鴉も内心悪い気はしない。
しかし、腑に落ちない点がひとつだけある。

「鬼太郎殿は?いつもならこんな時には鬼太郎殿が封印に向かわれるのでは?」

黒鴉に痛いところを突かれて、慌てたねずみ男は余計な事を口走る。

「鬼太郎ぅ?!あいつは今頃、ネコ娘としっぽり・・・あっ!!」

「?」

「鬼太郎は・・・ネコ娘としっかり、人間に依頼された妖怪退治に出掛けてるぜ」

ねずみ男のこの苦し紛れの言葉に、黒鴉は痛く感動した。

「自分のことはさて置き、鬼太郎殿の手助けをなさるとは・・・ネコ娘殿は本当に
 健気で可憐な方だ・・・」

頬染めネコ娘に想いを馳せる黒鴉にねずみ男は

−−−ほっんと、鈍い奴で助かった!!−−−

呆れるとともに胸を撫で下ろした。







ねずみ男の案内で黒鴉はネコ娘を狙っているという女妖怪の塒に向う。
道々、ねずみ男は女妖怪のことを黒鴉に説明した。

名は“小波”と言い、途轍もなく美人で上半身は人間となんら変わらないが、
その下半身は長い尾を持つ白蛇だ。
好物は男。目覚めてる間は飽きることなく男を喰らう。
そして“小波”にはどんな力を使っても永遠の封印など出来ず、
封印した相手の妖力によって目覚める年数が変わるのだ・・・

と、ここまで話したねずみ男だが、何故ネコ娘が狙われているのか、
“小波”をどんな方法で封印するのかなど黒鴉がいくら聞いても

「行きゃ〜わかる」

の一点張りで口を噤んでしまった。

ネコ娘云々・・・は黒鴉を誘い出す為の方便とも思えるが、
どうもそれだけではなさそうだ・・・
それに今まではねずみ男が“小波”を封印してきたのだからその方法を知らぬ筈がない。
その妖力の弱さゆえ効力が一年しかもたず、毎年“小波”が目覚めた頃に塒に訪れ、
封印の儀式を執り行ってきたのだ。
鬼太郎が言っていた『アノ時期』とはこのことだ。


そうこうしているうちに、篝火が焚かれた洞穴が見えてきた。

「黒ちゃん、着いたぜ」

ねずみ男が妖しく笑った・・・


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