「親父殿・・・あれから鬼太郎は・・・」

砂掛けの問いに目玉の親父が静かに首を振る。

「森の奥で大きな爆発音がしてからじゃから・・・もう一週間にはなる・・・
 親父殿にも分からぬとは・・・一体鬼太郎に何があったんじゃ・・・」

あの後、鬼太郎は森の入口で倒れている処をねずみ男に発見され
ゲゲゲハウスまで運ばれた・・・が、まるで魂が抜かれてしまったかのように
何を話しかけても反応せず、食事はおろか睡眠もとらない状態なのだ。
今は砂掛けの催眠作用のある砂を焚き、強制的に眠らせてはいるが、
それさえ何か悪夢を繰り返し見てるようで酷く魘され、すぐに目覚めてしまう・・・

「親父殿。出来上がったぞ。先日のよりずっと強力な睡眠作用のある砂じゃ。
 これなら悪い夢も見ずに鬼太郎も眠れる筈じゃ」

「手間を取らせて、すまんのぅ・・・」

砂の袋を受け取ると目玉の親父は化け烏に乗り込み妖怪アパートを後に
上空へ飛び立っていった。

化け烏の背で目玉の親父はフッと先程の砂掛けの言葉を思い出す。

『森の奥で大きな爆発音がしてからじゃから・・・』

−−−森の奥・・・?森の奥と言えば庵の婆の処ではないか・・・?−−−

目玉の親父はゲゲゲハウスに向かっていた化け烏を急ぎ森の奥へ向かわせることにした。





庵の婆がいつ頃から森の奥に棲むようになったのか、目玉の親父さえ知らない・・・
が、ここに湧き出した宝珠の泉を守る為に何処からか遣わされた・・・と言う様な事を
世間話の合間にチラリと漏らしたことがあった・・・
鬼太郎が子供の頃のことだ・・・その頃はお互いに行き来も多少ながらあった。
しかし・・・だんだんとここらに棲み付く妖怪が増え始めると、
庵の婆は姿を現さなくなってしまった。
おまけに住処にしている庵の周りに結界を張った為、以来、誰もその姿を見てはいない・・・

−−−まだ鬼太郎が子供の頃の話・・・あやつが婆を覚えているとは思えんが・・・
   ・・・確かこの辺りに庵があった筈・・・?!!−−−

目玉の親父は地上を覗き込み息を飲んだ。
一体何があったのか・・・庵があっただろう場所は一面の焼け野原となっていた。
一瞬その表情が曇る・・・が・・・

−−−・・・あの婆がやすやすとやられる訳はあるまいて・・・−−−

ひと癖もふた癖もある婆だ・・・何があったとしても無事に逃げ果せている筈・・・
焼け野原上空を一度大きく旋回すると目玉の親父を乗せた化け烏はゲゲゲハウスへと飛び去って行った・・・



雪雲がゲゲゲの森上空を覆い尽くし、とうとう初雪が降り出した。



壊れた人形の様に俯く鬼太郎の身体の中を漆黒の闇だけが光を求め狂ったように暴れ回る・・・
もうこの闇を鎮める術は無い・・・このまま闇に飲み込まれ、この世の全てを破壊し尽くしてしまうのも
一興かも知れない・・・
ネコがいない世界など何の意味がある・・・?
光の無い闇など存在しないも同じこと・・・

「にゃぁ〜ん・・・」

いつの間に現れたのか・・・鬼太郎の目の前に仔猫が座っていた。
まるでネコを生き映したかのようなその容姿・・・
ただ違うのは真黒な毛並みと眉を思わせる白いフサフサの毛が蓄えられていること・・・
それに仔猫の首には勾玉の様な飾りが付けられている。
仔猫は鬼太郎を導くように出入り口までゆっくりと歩くと

「にゃぁ〜ん・・・」

鬼太郎を振り返り、そのまま外へと出て行ってしまった。
その声はまるで___ついて来い___とでも言っているように鬼太郎の心に響いてくる・・・

「・・・待って!!」

衰弱した身体がふら付くのも構わず鬼太郎は仔猫の後を追いゲゲゲハウスを後にした・・・




初雪がゲゲゲの森の木々に白い衣を掛けていく・・・




仔猫に導かれるままに森に入るとすぐに見知らぬ妖気を鬼太郎は捕えた。
横丁の誰とも違う・・・鬼太郎が今まで感じたことの無い妖気・・・
なのに何故か懐かしく狂おしい程に愛しくて鬼太郎の胸が苦しい位に高鳴り、
身体の震えが止まらない・・・

−−−ネコ・・・?まさか・・・でも・・・これは?!!−−−

自然と鬼太郎の足が速まる。

「ここは・・・」

仔猫の足が止まったのは彼がネコの為に修理した一軒家・・・
妖気は確かにこの中から感じられる・・・

「にゃぁ〜ん」

真黒な仔猫が家の中に合図する様に一声鳴く・・・
すると玄関の戸がカラカラ・・・と音をたて開き、仔猫が吸い込まれる様に中へと姿を消す・・・

−−−ネコ?本当にネコなのか・・・?!−−−

鬼太郎も家の中へと急ぎ足を踏み入れた・・・


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