鬼太郎はねずみ男が言っていた一軒家を修理するために森の奥の家へと
毎日足を運んでいた。
お婆の庵はここよりもずっと深い森の奥にある・・・
勿論、庵に近づきネコに危険が及ぶような真似は絶対にしない。
ただ・・・
少しでも・・・ほんの少しでもネコの近くにいたい・・・
強固な結界に守られ、その気配すら感じ取ることは出来ないけれど
少しでも近くにいると思うだけで、鬼太郎の闇に射す一筋の光の温かさを感じる。
幽霊族の血をその身に受け生れくる者・・・−−−ネコ・・・逢いたい・・・−−−
五月闇の中、鬼太郎はその日も家の修理をしていた。
もうすぐ本格的な梅雨がやってくる。
その前に雨漏りする屋根だけはなんとか直せるだろう・・・
ねずみ男は雨漏りとガラスの破損・・・と言っていたが、暫く放置されていた家は
痛みが激しく、修理を終えるまでにはまだまだ掛かりそうだ。
いつだったかねずみ男に鬼太郎は___妖怪退治しか能の無い男___と言われたことがあったが・・・
−−−ボクにはそれしかなかったんだよ・・・そう・・・あの日までは・・・−−−
ネコと出逢う前の鬼太郎は妖怪退治が唯一自分に与えられた使命だと思っていた。
いや・・・彼自身、妖怪退治にしか心を動かされなかった・・・そう言った方が正確だろう。
極悪妖怪が真紅の花びらを散らし断末魔の叫びを上げ消えいく様は
鬼太郎の闇を一時的にでも満足させる。
そんな息子に父はいつも
『鬼太郎・・・よくやった!』
笑顔で労い褒めてくれるが、その瞳がいつも哀しげに揺れるのを鬼太郎は知っていた。
−−−父さん・・・ボクはボクが退治している妖怪なんかよりずっと・・・−−−
鬼太郎の唇もまた哀しげな笑みを象り目を伏せる・・・
−−−ボクは永遠に彷徨う鬼だ・・・−−−
無限に拡がる漆黒の闇をその身に潜ませ鬼はひとり何を求めて彷徨うのか・・・それは鬼にも分からなかった・・・
ただ・・・狂おしい程に求めて止まない何かの為に鬼は彷徨い続けたのだ・・・
そう・・・あの日突然現れたあの温もりに出逢うまで・・・
−−−二度もボクはキミを失った・・・もう絶対に・・・今度は絶対に離しはしない・・・−−−
ただ闇を彷徨うだけだった鬼が初めて知った光の眩しさ温もり・・・しかし・・・
表があれば裏があるように、その温もりを失う恐怖や絶望もまた
鬼の心に深く刻み込まれたのだ・・・
季節は瞬く間に移り過ぎていくが、鬼太郎にとってネコを待つ一年は
永遠のように感じられた。
それでも晩秋には家の修理も終え、鬼太郎は日中そこで過ごすのが常となった。
深い森の奥から自分の元に来るであろうネコを待つには
この家が一番都合がいいと考えたからだ。
しかしここ何日か、森の奥の結界付近に嫌な気が集まりだしていることを
鬼太郎は捕えていた。
−−−とうとう・・・嗅ぎ付けたか・・・−−−
たぶん冥界か地獄の役人だろう・・・だが、お婆と鬼太郎が張った強固な結界が
易々と破られる筈がない。
きっと奴等はまだ何も分かってはいない。
ただ森の深くに強固な結界が張られていることを不審に思っているだけ・・・
ここで焦って駆け付けたらそれこそ奴等に真実を教えるようなものだ・・・
鬼太郎が自分自身に言い聞かせるようにそう思った瞬間だった・・・
ドドォォォーーーーーーーーーーーン・・・・・・・・・
爆音とともに森の奥に火柱が上がる・・・間違いなくお婆の庵のある方向だ。
「そんな・・・嘘だ・・・そんなことがあるわけない!!」
窓から飛び出しそのまま鬼太郎は庵へと急ぎ向かった・・・
鬼太郎は目の前に広がる光景に我が目を疑った。
あの強固な結界が破られ、庵のあった場所は一面の焼け野原と化していたのだ。
役人は目的が達せられると長居は無用とばかりに引き上げたのだろう・・・
すでにその姿はどこにも無い。
鬼太郎はヨロヨロと庵があった場所へと向かう・・・
「つっ・・・」
足の裏が焼ける様に熱い・・・この時初めて自分が裸足だったことに気が付いた。
プスプスと焼け焦げる地面をそれでも構わず進んでいく・・・
が、庵は完全に破壊され、その破片すら見つけることは叶わない。
「どうしてボクを罰しない?!!悪いのはボクだ!!ボクひとりが・・・」
いつの間に降り出したのか・・・冷たい雨が蹲る鬼太郎を容赦無く打つ・・・
−−−このまま・・・このまま狂ってしまいたい・・・−−−
幽霊族の自分はネコの後を追うことも叶わない・・・
それならいっそ・・・誰にも邪魔されない世界に閉じ籠り、仔猫のネコと戯れていたい・・・
−−−あぁ・・・そうか・・・ボクを罰しないのがボクへの罰なんだ・・・−−−
初雪の便りは、もうすぐそこまで来ていた・・・
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