妖怪の手がネコを捕え、鬼太郎の目の前でネコは幾度も幾度も
地面に叩き付けられ悲痛な叫びを上げる・・・

『止めろ!!止めてくれ・・・お願いだ・・・』

助けに行こうとするのだが、足が地面に固定されたかのように動かない・・・

そんな鬼太郎をせせら笑う様に妖怪がネコを空高く放り投げた・・・

『ネコーーーーーーーーー!!』





自分の叫び声で目を覚ました鬼太郎の頬を涙が一筋伝い落ち、
鼓動が身体の中から耳に響いてくる。
あれから毎日の様にあの時の場面が夢に現れ、その度に鬼太郎の闇が深く濃いモノとなっていく。
まるで意思を持った闇が己の手から消えてしまった光を探し求めているかのように・・・

鬼太郎は父親を起こさないようにソッと家の外に出て、まだ夜も明けぬ空を見上げた。

父親に彼は____ネコを巻き込んでしまった・・・___ と、ただ一言だけ告げていた。
父はその一言で息子とネコに何が起こったのか全てを理解し、俯き肩を震わせた。
きっと父は心の中でネコに謝っていたのだろう・・・

____すまなんだ・・・我が家に来なければ命を落とすこともなかったろうに・・・___

と・・・
そんな父親の姿に鬼太郎の胸がズキリと痛む。
決して嘘は言っていない。
あの真白な仔猫のネコはもうこの世にはいないのだから・・・

鬼太郎の握った拳に力が籠る。

お婆の術と己の幽霊族の血によって、ネコが妖怪として生まれ変わって来るだろうことは
口が裂けても誰にも知られてはならないことだ。
秘密はそれを知る者が少なければ少ない程、洩れる確率は低くなる。
それに・・・
万が一、冥界や地獄にこのことを知られても、父は何も知らず、
直接関わっているお婆も頼まれて仕方なく手を貸しただけとなれば
罰せられるのはこの身ひとつ、父を巻き込まずに済む・・・

例え冥界や地獄に追われることになろうと、大切な父を騙す罪に生涯この身が苛まされることになろうと

−−−それでも・・・それでも父さん・・・闇には光が必要なんです・・・−−−





そんな鬼太郎を目玉の親父は気配を消し見守っていた。
息子が何か隠し事をしているだろうことは、すぐに分かった。
それがネコに関わることも・・・
だが、聞き出すつもりは毛頭無い。
悪戯に花の命を永らえたあの時とは違うのだ。
息子・鬼太郎が決めたことならばありのまま全てを受け入れる覚悟は出来ている。
もしそれで鬼太郎が困った立場に立たされたなら、この父が身体を張って守って見せる・・・
そう思えるのも、日々鬼太郎とネコとの関わりを見ていて
漠然とだが感じ取っていたからかも知れない・・・古に引き裂かれた闇と光の魂の絆を・・・

−−−これが母親であったら、もっと上手く言葉に出して言ってやれるのかもしれんのぅ・・・
   父親というものは、どうも不器用でいかん・・・−−−

目玉の親父はソッと家に入り、戻って来る鬼太郎に気付かれないように
自分の布団に潜り込み、目を閉じた。






桜が満開の季節になり、妖怪横丁恒例の花見にも鬼太郎は顔を出さず、
人間に依頼された妖怪退治以外は殆どゲゲゲハウスに籠り過ごしていた。

何もする気にならない・・・だが、何かをしていなければ遅々として進まない時間に
苛立ち、苦しくなって来る。
そんなある日、ねずみ男がフラリとゲゲゲハウスにやって来た。

「よっ!最近じゃぁ横丁にも顔出さないらしいな」

「用が無いからね・・・」

顔も向けず面倒臭そうな声色で鬼太郎は答えるが、ねずみ男は気にしない。

「森の奥で、オレ様イイ物見つけたのよ!」

森の奥・・・と聞いて、鬼太郎の肩がピクリと震えるが
あの強固な結界をこのねずみ男が破れる筈が無い。

「一軒家だぜ!一軒家!!少し前まで誰かが住んでたらしいんだけどよぅ。
 台所や風呂まであんだぜ!!」

嬉々として説明するねずみ男に

「あぁ・・・それボクがひとりになりたい時に使ってるんだ・・・」

思わずそう口に出てしまった。
森の奥をこの鼻の利く男にウロチョロされたくない気持が
咄嗟に嘘となって出たのかも知れない・・・

「女引っ張り込む時に・・・の間違いじゃねぇのか?」

「お前じゃあるまいし・・・」

ここで鬼太郎はハッとする。
そうだ・・・そこをネコの家にすればいいではないか・・・
もう猫ではないのだから、ここで一緒に住む訳にはいかないだろう。
鬼太郎は別に構わない・・・いや・・・出来ればそう願いたいが
そうもいくまい・・・

「お前・・・雨漏りぐらい直せよ!ガラスだって破れてたぜ!
 まぁ・・・不器用なお前のことだ。これによっちゃぁ、オレ様が直してやっても・・・」

ねずみ男が親指と人差し指で丸を作る。

「まだまだ時間はあるんだ・・・ボクがやらなきゃ意味がない・・・」

「?」

怪訝な顔をするねずみ男を横目に鬼太郎が久々に大きく伸びをして立ち上がった。



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