「どんな事でもネコが無事に戻るならボクはその約束を守ってみせる」

鬼太郎の言葉に老婆の表情が少しだけ緩んだ。

「な〜に約束事自体はそんなに難しいことじゃありゃせんわ
 ただ・・・」

また老婆の表情が厳しくなる。

「この婆の術は自然の摂理を逆行させるものだ。
 いや・・・新たな妖怪をこの手で作ろうとしている分、もっと性質が悪いかも知れん。
 それを冥府や地獄が知ったらどうなるか・・・お前にも分かるな・・・」

鬼太郎が無言で頷く。

「お前が森を出たらすぐに婆は今までよりももっと強固な結界を内から張る。
 だからお前も同じように外から結界を張っておくれ。
 そうしても、冥府の王や閻魔大王には簡単に破られるだろうが、
 奴等が直々にここに来ることはない。
 役人共の目を眩ませればそれで十分じゃ。
 そして・・・お前は何があってもここには近づいてはならん!」

「様子を見に来てはいけないと・・・?」

「お前は目立ち過ぎる。頻繁に出入りすれば何れ噂となる・・・」

そう言われては鬼太郎も承諾するしかない。

「わかった・・・約束はそれだけかい?」

老婆は静かに首を横に振る。

「いや・・・肝心な事がもう一つ・・・これはお前が生ある限り
 守らねばならぬ大事な約束じゃ」

鬼太郎の隻眼が老婆をジッと見つめる。

「この猫が新たな妖怪に生まれ変わった時、今までの記憶は一切無くなっておる。
 が、生き物の働きとは不思議なもので、本人に自覚はなくとも
 意識下で失くした記憶を取り戻そうとするんじゃ。
 しかし・・・猫であった時の記憶を完全に取り戻した時この婆の術が解け、
 これの身体は泡となって消えてしまう・・・」

「泡となって・・・そんな!・・・お婆、何か方法が・・・」

「ひとつだけある。
 幸いお前は言霊の術が使える。
 これが思い出しかけたら、お前は言霊の術を使い、繰り返し言い聞かせるのじゃ。
 『産まれながらの妖怪、他の何者でもない』のだと・・・その言葉で記憶は封印される・・・
 暫くの間・・・でもな・・・」

鬼太郎は膝に置いていた両手をギュッと握った。

「ネコはボクが守る。ボクの全てをかけて・・・絶対に消させない!!」

鬼太郎の力強い言葉を聞き、老婆は目を細めた。

「それじゃもう時間が無い。早速取りかかるんじゃ・・・」




真暗な部屋の中、中央に大きな透明の風船のようなものが浮かんでいる。
老婆はその中に宝珠の水を注ぎ入れ、鬼太郎の血液を数滴混ぜ合わせた。

「次はこれの身体から魂を抜く・・・すでに死んでいる身体に必死にしがみ付いておるだけじゃ、
 簡単に抜けるじゃろう・・・」

老婆が呪文のような言葉を数度唱えると、仔猫の身体から淡い光を放つ小さな球体が
フワッと飛び出し、鬼太郎に纏わり付いた。

「お前の手で生まれ変わらせておやり・・・」

老婆にそう促され、鬼太郎はネコの魂を両手でソッと包むと
術で作られた風船のような胎内へ小さな魂を静かに沈めた。

鬼太郎と老婆が抜け殻になったネコの身体に目を落とすと不思議な事に
真白だったネコが黒猫へと変化している。

「自然界からの警告かも知れん・・・本来この婆やお前が手を出してはならん領域に
 踏み込んだのだからな・・・」

鬼太郎の表情に不安の色が浮かぶ。

「何も心配いらん。これの本体が黒猫になったというだけじゃ。
 これはこちらにとっては吉報かも知れん。
 生まれ変わった後、本体が黒猫ならばそのことで昔を思い出すことも
 ないじゃろうよ・・・それでも心配なら・・・」

老婆はそう言うと、ネコの身体から伸びている影を引き剥がした。

「これで守りを作ろう・・・もう仔猫としての影は必要ないんじゃから・・・
 ・・・後はこの婆が全て引き受けた。お前はもう行った方が良かろう。
 決して約束を忘れるでないぞ・・・わかったな」

鬼太郎はひとつ頷くと真暗な部屋を出た。

鬼太郎とて仔猫のネコとの別れをもっと惜しみたい・・・だが、それは老婆の邪魔になるだけだと
わかっている。
それにあまりここに長居をしていると冥府や地獄の役人に異変を覚られる危険もある。
後ろ髪を引かれる思いで鬼太郎は庵を後にし、森を抜けると老婆の言いつけ通りに
外から結界を張る。

−−−誰にも邪魔などさせない!!ネコはボクが守って見せる!!−−−

鬼太郎のもてる全ての妖力を使い、強固な結界が張られた。

−−−ネコ・・・必ずボクの元に戻っておいで・・・−−−

髪で隠された左の頬に一筋、光るものが見えたが、それは舞い降りた雪の所為だろう・・・



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