「お婆!」

鬼太郎の呼び掛けに、囲炉裏端に座っていた老婆が顔を向ける。

「誰かと思いきや、目玉の処の息子じゃないか。
 わざわざこの婆を訪ねてくるとは、余程の事かね?」

鬼太郎は胸に抱えている仔猫を老婆に見せた。

「頼む!ネコを・・・ネコを助けてやってくれないか・・・」

鬼太郎の言葉に老婆は立ち上がり彼の傍に来ると
胸の中の仔猫を覗き込む。

「これは一体・・・何があったと言うんじゃ?」

老婆の問い掛けに鬼太郎は仔猫との出会いから先程の妖怪との戦いまでの
一部始終を話した。

「そうか・・・お前にとってこの仔猫が唯一無二の存在だということは分かった。
 じゃが、お前がここに来た事をお前の親父は承知しておるのか?」

「・・・」

「そうじゃろうな。親父が許すとはとても思えん・・・
 この婆もお前の親父と考えは一緒じゃ。
 可哀想じゃが・・・このまま・・・」

そう言ってもう一度仔猫を覗き込んだ老婆が何かに気付いた。

「おや・・・これは・・・」

老婆の呟きに鬼太郎もネコを見るが、先程と同じ、酷い傷の仔猫がいるだけだ。
怪訝な面持ちの鬼太郎に老婆が言った。

「普段のお前ならすぐに気付くだろうに、今は余程心乱れているとみえる・・・
 ・・・この猫はもうただの猫ではないようじゃ」

「ただの猫じゃない?」

「ほれ、お前が負った頬の傷から血が滴れて、猫の傷口から身体の中に入ったんじゃ。
 だからこんな傷を負い、器である身体は死んでおるというに
 魂だけはこの世にしがみ付いておる」

「それじゃ・・・ネコはどうなると?まさかボクと同じに?」

「魂だけはな・・・しかし、身体の方は如何せん傷が酷過ぎる。
 今のままだと身体は朽ち果て、魂だけの器を持たない妖怪となり
 彷徨うこととなるじゃろうな」

「そんな・・・お婆!ボクの血を全部ネコにあげてくれ!
 そうすれば助かるんだろう?」

老婆は静かに首を横に振る。

「お前の再生能力はお前の妖力があってこそだ。このまま猫に全ての血をやったとて
 その能力を発揮することはない。
 だが・・・」

「だが?」

「この婆の術とお前の血、そして、裏井戸から湧き出ている宝珠の水で
 なんとかなるかも知れん」

「本当に?」

「やってみんことには何とも言えんが・・・」

そう言って老婆は猫の魂に施す術について鬼太郎に話した。


それは・・・
老婆の術で胎内に見立てた器を作り、その中に羊水代わりの宝珠の水と
形作る為の鬼太郎の血液を混ぜ合わせ、猫の魂を器をもった完全な妖怪へと
生まれ変わらせる・・・というものだ。


「この婆がもてる全ての妖力を注ぎ込み作り上げる。
 婆の妖力が尽きるが早いか、それとも、これが産まれ出るのが早いか・・・
 それは今は何とも言ってやれん」

「それでも・・・ほんの僅かでも希望があるなら
 ボクの血を全て使ってくれても構わない」

「・・・ほんにお前はこの猫が大事とみえる。
 幽霊族の血は少量なら薬になるが、見極めを間違うと毒となり
 かえって失敗してしまうんじゃ。ほんの数滴混ぜれば十分形になるじゃろうよ」

「お婆・・・ありがとう・・・
 でも、最初は反対してたのに・・・どうしてだい?」

「この猫がただの猫なら、お前の親父と同じにこの婆も
 自然の大きな力に逆らってはならん・・・と、力は貸さなんだが・・・
 お前の血が入った以上、もうただの猫には戻れん。
 魂だけでこの世を彷徨うなど・・・それではあまりに憐れじゃ・・・
 それに・・・」

老婆は少しその後の言葉を言い澱むが、思い切った様に
口を開く。

「それに・・・お前とこの猫の中には、同じ魂が入り込んでいるようじゃ」

「同じ魂?」

「あぁ、そうじゃ・・・もともとは一つの魂が何らかの理由で二つに分かれ
 闇の部分がお前に、そして光の部分をこの猫が持っておる。
 幽霊族のお前は転生などせぬが、この猫は何度も何度も生まれ変わり
 その都度姿形を変え、お前の傍にいたんじゃ・・・あまりに小さく、その命も一瞬で消えてしまう為、
 お前は気付かなかったかもしれんがのう・・・
 ようやっと今生で猫として産まれ出て、お前に気付いて貰えたんじゃな・・・」

老婆の話に鬼太郎は何故、こんなにも仔猫が愛おしく、父親の言い付けを破ってまで
ここに来たのか判った気がした。

ネコは鬼太郎の心の闇を照らしてくれる優しい光・・・
ネコと 鬼太郎は二つで一つの存在だったのだ。

「・・・お婆・・・どれくらいでネコとまた会える?」

鬼太郎は下を向いたまま老婆に尋ねた。

「上手くいけば、一年程で会えるはずじゃ」

人間と違い、気の遠くなるような長い年月を過ごす妖怪の一年は
瞬きする程の時間でしかない。
それでも鬼太郎は

「一年も・・・ネコを待つ時間はきっと途方も無く長いんだろうね・・・」

ネコの頭を優しく撫でながらポツリと呟いた。
そんな鬼太郎に老婆は佇まいを正し、改まったように口を開いた。

「婆がこの術を施すにあたり、お前には絶対に守ってもらわねばならぬ約束事がある」

そう言った老婆は今まで以上に厳しい表情をしていた。


次へ→


                 閉じてお戻りください