記憶の欠片


冬の風がゲゲゲの森上空に雪雲を運ぶ。
この時期になると必ず鬼太郎は森の奥、少し拓けた場所へと
ひとり赴く。
そこに珍しい薬草があるわけでも、綺麗な花が咲いているわけでもない。
ただ、隅の方に汚れた石が墓標代りに立ててあるだけだ。
鬼太郎はその石の前に、花と干し魚を供え
手を合わせた。

「ネコ娘・・・いや、ネコのお母さん、
 彼女はとても元気です・・・」

供えた花が微かにサワリ・・・と動くが
それは多分、冬の風の所為だろう・・・





あれは・・・そう、十二年前の西洋妖怪との戦いが終わったすぐ後だ。
ミウの母親を助けられなかったことを悔み
鬼太郎は自分を責め続けていた。
その日も森の奥、少し拓けた場所で、鬼太郎はゴロリと横になり
鬱々と先の戦いのことを考えていた。

彼の父・目玉の親父は『仕方が無いことじゃよ・・・』と、言うが
本当にそうだったのだろうか?
母親を死なせずに済む戦い方がもっと出来たのではないか?
そう思うと、自分自身、母親のいない寂しさ・辛さを知っているだけに
申し訳ない気持ちで心が張り裂けそうになる。

鬼太郎が大きく溜息をついた時だ。
何かに学童服の袖をツンツン引かれ、反射的に目を向けると
真白な仔猫が鬼太郎の袖を咥え、引っ張っていた。

「ボクは今、遊んであげられないんだ・・・
 あっちへお行き」

鬼太郎がいくらそう言っても、仔猫は何かを訴えるように
袖を引くことを止めない。

−−−やれ やれ・・・−−−

鬼太郎が観念して立ち上がると、少し離れた場所に
仔猫と同じ白い毛を持つ大人猫が倒れているのが見えた。
慌てて鬼太郎は倒れている大人猫に駆け寄るが
もう既に息は無く、冷たくなっていた。
それでも仔猫は懸命に舐めたり、顔を擦り付けたりしながら
大人猫を起こそうとしている。

「・・・君のお母さん・・・?」

「ミャァ・・・」

−−−あぁ・・・この子も・・・−−−

鬼太郎は仔猫の頭を撫でながら静かに語りかけた。

「君のお母さんは精一杯君を守ったんだ。
 自分の命を犠牲にしても子供が無事なら母親は幸せなんだろうね・・・
 君のお母さんの願いは、無事に君が生きていくことなんだよ・・・」

ギスギスに痩せて傷だらけの母猫の姿に鬼太郎は
自分の母とミウの母の姿を重ねていた。

仔猫に鬼太郎の話が通じたかどうかは分からない。
しかし仔猫は大きなアーモンド型の目を真っ直ぐに向け
鬼太郎を見つめていた。

「自然の中に帰してあげよう・・・」

鬼太郎は母猫の倒れている傍に穴を掘り、母猫を埋めると
少し大きめの石をその上に立てた。
彼が手を合わせると、仔猫はその横に寄り添う様に座る。

冬の冷たい風が、もうすぐ傍まで雪が来ていることを知らせていた。

「今夜は雪になりそうだね。一緒に帰ろう・・・」

仔猫を胸に父の待つゲゲゲハウスへと向かう鬼太郎の足取りも心も
ここに来るときに比べずっと軽くなっていた・・・



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