ーーーーー遅いなぁ・・・ネコ娘・・・−−−−−

ゲゲゲの森の花見会場で鬼太郎は砂掛けたちと準備の真っ最中だったが
まだ姿を現さないネコ娘のことが気になって仕方ない。
いつもだったらお祭り好きで他人の世話を焼くのが大好きなネコ娘は
一番最初に会場に来て、あれこれと動きまわっている筈なのだ。
それに、今年の花見は珍しく鬼太郎が言い出しっぺだ。
あのネコ娘が張り切らない筈がない。
鬼太郎がネコ娘の気配を探ろうと、その隻眼を静かに閉じようとする・・・

「ネコ娘がおらんようじゃが?」

目玉の親父が砂掛けに尋ねる。

「あぁ・・・人間界に使いを頼んだらドロドロに汚れて帰って来おってのぅ。
 手伝いは良いから風呂に入って来るように言ったんじゃよ」

「ドロドロに?何かあったのか?」

目玉の親父が心配そうな顔になる。

「それはないじゃろう。上機嫌だったしな」

「おぉ、そうか。それなら良いんじゃ。
 やはりネコ娘がおらんと寂しくていかんよ」

目玉の親父はニヤニヤ笑いながら鬼太郎に目配せをしてみせた。

−−−父さん!!−−−

この父にはいつまで経っても敵わないと鬼太郎は苦笑した。





花見会場に火が灯ると、横丁の妖怪達が待ちかねた様に
ゾロゾロと集まって来た。
もともとがお祭り好きの気のいい連中だ。
会場はすぐに飲めや歌えの大宴会となる。
そんな中、鬼太郎はひとり隅の方でチビチビと飲んでいた。
その隻眼はずっとピンクのリボンを探している。

「よっ!何シケた面して飲んでんだよ!」

目の前にドロドロのマントに身を包んだねずみ男が現れた。
鬼太郎は黙ったまま、ねずみ男の汚れたマントを見つめる。

『使いを頼んだら、ドロドロに汚れて帰って来た・・・』

先程の砂掛けの言葉が脳裏を掠め、鬼太郎の心の中に少しだけ
黒い影が射すが、すぐに

−−−コイツが不潔なのは当たり前のことじゃないか・・・−−−

そう思い直し、いつもの顔を向けると
ねずみ男は当然のように鬼太郎の隣に座った。





ーーーーーすっかり遅くなっちゃったーーーーー

ネコ娘は花見会場への道を急いでいた。
その唇には何度も躊躇い、それでも思い切ってつけてきた薄紅色の口紅で
彩られている。
あの鬼太郎が気付いてくれる訳がないと思いながらも
花見会場の灯りが見えると、ネコ娘の足は自然と速まった。



会場に着くと砂掛けやロクロなど横丁の女達が話に花を咲かせていた。

「遅くなってごめんなさい!!
 おばば、準備大変だったでしょう?」

「なぁ〜に、こうやって酒が飲める準備なら何も大変なことありゃせん」

ロクロが酒の入ったコップをネコ娘に手渡す。

「ネコちゃんはマタタビ酒ね!・・・あっ!口紅?!」

「ほぉ〜!ネコ娘もそんな年頃になったんじゃな」

「どれどれ、アタイにも見せてごらんよぅ!!」

皆があまりにも騒ぐので、ネコ娘は恥ずかしさから
耳まで真っ赤になってしまった。
そんなネコ娘の様子を見て

「あれ?!もしかして・・・誰かからのプレゼントかしら?」

首を伸ばしてロクロがからかう。

「えぇ〜〜〜っ!!誰に貰ったの?」

「ズバリ!男だね!!」

「男からのプレゼント・・・意味深だねぇ」

「なんで?」

「男性が口紅をプレゼントするっていうのは・・・
 それをつけて少しづつ僕の唇に返して下さいってことよ!!」

「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

ネコ娘はもちろん否定したが、そうすればそうする程
皆の疑いが濃くなっていく。
いっそ、‘自分で買った’と嘘でもつけばいいのだろうが
つきなれない嘘はぎこちなくなり、余計に騒ぎを大きくするのがオチだ。
かと言って、ねずみ男との約束がある以上、
本当の事も言えない。
嘘をつくことも本当の事も言えないネコ娘は顔を赤く染めたまま、
皆の興味が他に移るのをただジッと待つしかなかった。




女達の騒ぎは鬼太郎とねずみ男の席にまで届いていた。
最初こそ普段と変わりなく鬼太郎と飲んでいたねずみ男だが
ネコ娘の口紅騒ぎから、だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
鬼太郎の発する妖気が少しづつ冷たく黒いものに変わって来たのだ。
隣にいてねずみ男は気が気では無い。
いくら誰にも言わないと約束しても、あれだけ皆にからかわれたら
ネコ娘は居たたまれずに自分の名前を出すかも知れない。

−−−こりゃ、早いとこズラかるとするか・・・−−−

何気ない素振りで腰を浮かせる・・・が、それより早く鬼太郎の腕がスルリと肩にまわされ、
少し浮いた腰をねずみ男はまた落すしかなかった。




次へ→

             
閉じてお戻りください