ねずみの受難

 



人間界を流れる大きな河の畔をねずみ男はトボトボと歩いていた。
その手には掌に隠れる程の小さな箱が握られている。
少しの間その箱をジッと見つめると
思い切ったように河に向かって投げ捨てた・・・が、
河には届かず、その大分手前で落ちてしまった。

「ンニャッ!イタッ!!」

ピンクのリボンを付けた頭がムックリと立ち上がり
頭を擦りながらこちらを振り向いた。

「ネコ娘?!」

「ねずみ男!!」

お互いまさかこんな所で会うとは予想もしておらず
驚きの声を上げた。
が、ネコ娘は自分の頭に何かをぶつけた犯人がねずみ男と分かった途端
素早く猫化すると

「あんたねぇ、私にこんなゴミなんかぶつけて
 喧嘩売ってるワケ?!!」

文句を言いながらズンズンとねずみ男に近づいて来た。
ねずみ男は少々怯えながらも声だけは威勢良く反論した。

「お前がこんな所にいるなんて知るわきゃねぇだろうよ!
 それにそれはゴミなんかじゃねぇや!!」

ねずみ男にそう言われ、投げ捨てられた物をよく見ると
それは小さな箱に入った口紅だと分かった。

「なんであんたがこんな物・・・あっ!!」

ネコ娘はそれが誰にプレゼントするつもりだったのか
すぐに悟った。
ねずみ男が熱を上げていたメイド喫茶のメガネの娘だろう。
結局、その娘は男を騙すために姿を化えた古椿の花であり
ねずみ男も危うく餌食になる所だったのだが・・・

ねずみ男はバツが悪そうな顔をすると

「相変わらず無駄に勘だけはいいんだからよぅ・・・」

小さな声で呟いた。
ここでいつもだったら猫化したネコ娘に引っ掻かれるか、
騙されたことを馬鹿にされ大笑いされるのだが・・・
目の前のネコ娘は悲しげな顔をして
何も言わず口紅をねずみ男に渡した。

ーーーあぁ・・・こいつもあの時は・・・−−−

古椿の元へ案内させるためとはいえ
その花の化身である‘蕾ちゃん’と鬼太郎はデートしたのだ。
しかも美少女で純粋な心を持つ蕾ちゃんはとても鬼太郎好みだと
ネコ娘の心の中は不安でいっぱいになり
辛い思いをしたのだ。

ねずみ男は慌てて話題を変えた。

「あっ・・・あれだよなぁ・・・横丁の連中も今晩の花見の準備で
 盛り上がってんじゃねぇのか?」

「そうよぅ!今年は珍しく鬼太郎が言い出しっぺなもんだから
 皆、張り切っちゃって大変なんだから!!」

「ケッ!嫌だねぇ、娯楽の無い奴等は!
 花見位ではしゃぎやがってよ!!」

「そんなこと言って、あんただって楽しみにしてんでしょ!」

「まぁ・・・まぁな・・・」

ネコ娘の顔に笑顔が戻った。

「で、お前はこんな所で何をやってた訳?」

「それが・・・おばばに買い物を頼まれて行って来たんだけど
 預かったお財布を落としちゃって・・・」

「ひとりで探してたのかよ?!」

よく見るとネコ娘の服が泥で汚れている。

「・・・うん」

「ったく!しょうがねぇなぁ!!」

ねずみ男は腕捲りをすると、さっきまでネコ娘がいた河べりの草叢に入って行った。

「ほらっ!ボケっとしてねぇで、お前も探せよ!!」

「うん!!」

暫くゴソゴソと探しているとねずみ男の目の前を
何やら茶色の入れ物を咥えた大きなカエルがノソノソと横切った。

「おいっ!こらっ!待ちやがれ!!」

カエルを捕まえ物を奪うと、やはり茶色の財布であった。

「あった〜〜〜!あったぞ〜〜〜〜〜!!」

「ホント?!!」

二人は立ち上がると泥だらけのお互いの顔が目に入り
吹き出してしまった。
一頻り二人で笑い合うとねずみ男は

「オレ様にかかりゃぁ探し物なんざぁ
 ちょちょいのちょいだぜ!!」

そう言いながらネコ娘の手に財布と口紅の箱を手渡した。

「えっ?これ・・・」

「そんなもん、オレ様が持っててもしょうがねぇだろうよ!
 お前にやるよ」

「でも・・・」

「いらなかったら捨てちまいな」

「そんなことしないわよぅ!・・・あの・・・ありがとう・・・」

ネコ娘がはにかんだ微笑みを見せるとねずみ男の胸が何やらホンワカと温かくなった。

「じゃ、おばばに荷物届けなきゃならないから行くね。
 一緒に探してくれて、ありがとう。
 後・・・これも・・・ありがとう」

ネコ娘は嬉しそうに口紅の入った小箱を握り締めると
クルリと背を向けて歩き出した。
その後ろ姿を見送りながらねずみ男は、鬼太郎の気持が少しだけ解った気がした。

ーーーあんな顔いつも真近で見せられちゃぁな・・・−−−

その時、何故かねずみ男の背に悪寒が走り
鬼太郎の薄い笑いが頭の中いっぱいに広がった。
本能からの警告・・・
ねずみ男の本能が命の危機を知らせているのだ。

ーーーし・・・しまった!!−−−

ねずみ男は慌ててネコ娘を呼び止め傍に行くと
いつになく真剣な面持ちで

「それをオレから貰ったことは誰にも・・・絶対に誰にも言うなよ!!」

ねずみ男のその言葉に最初は怪訝そうな表情を浮かべたネコ娘だったが

ーーーそっか!自分を騙した相手にプレゼントまで買ってたなんてバレたら
     恥ずかしいもんねーーー

ネコ娘なりに口止めの意味を解釈すると

「うん。分かった。私、誰にも言わないから安心してよ!」

笑顔でそう言ったが、ねずみ男は落ち着かない。

「本当だろうな?花見で酒飲んでコロッと忘れちまうなんて事になったら・・・」

ねずみ男にしたら命に係わる事だけに真剣だが
それをネコ娘 は知る由もない。

「大丈夫よぅ!そんなに心配なら花見の間
 私のこと見張ってればいいじゃない!」

ネコ娘はそう言ったが

ーーー冗談じゃねぇ!それこそアイツに誤解され、
     何をされるか分かったもんじゃねぇよ!!−−−

ねずみ男は身震いをした。

「遅くなるとおばばに怒られちゃう。
 じゃ、また。花見でね!」

ネコ娘は俊敏に身を翻して走り去ってしまった。
その小さくなっていく後ろ姿に向かって

ーーー本当に頼むぜぇ・・・−−−

ねずみ男が心の中で呟いた。



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