ネコ娘がゆっくりと覚醒すると、そこは見知らぬ部屋だった。
まだ薬が効いているのか頭が朦朧として身体は痺れ
声を出すことも出来ない。
なんとか起き上がろうと試みるが
どうやら両手をベット上部の柵に括り付けられているようだ。

「猫田さん、目が覚めたようだね。」

不意に声を掛けられ目を向けると男がニヤニヤ笑いながら
ネコ娘を見下ろしていた。
その男の顔に見覚えがある。
今、アルバイトをしている店の常連客だ。
店に来ても大人しく目立たないこの男が
あの視線を送り、こんなことまでするなど
ネコ娘は信じられない。
男はそんなネコ娘に下品な笑いを浮かべる。

「猫田さんが悪いんだ。僕以外の男に笑顔を向けたりするから・・・
 猫田さんの全ては恋人である僕のものだ!!」

 −−−この人・・・正常じゃない!!−−−

ネコ娘はなんとか猫化しようとしたが
頭が痺れていて爪の一本も伸ばすことが出来ない。
男の手がネコ娘の身体に伸び、ピンクの服をヒラヒラと揺らした。

「僕の好きな色、分かってくれてるんだね。
 嬉しいよ・・・」

ネコ娘の全身に鳥肌が立ち、気持ち悪さで嘔吐しそうだ。

 −−−鬼太郎!助けて!!鬼太郎・・・ −−−

大きなアーモンド型の瞳からは次々と涙が零れ落ちる。
その恐怖と嫌悪感の涙でさえ、この狂った男にとっては

「そんなに僕とひとつになれるのが嬉しいんだね」

興奮の材料にしかならない。
男が服を脱ぎ始めた。
下着姿になった男のモノはすでにそそり立ち、
先走りの体液が下着を濡らしている。
男はゆっくりとネコ娘に近づき
その手を伸ばそうとする・・・・・

 −−−鬼太郎!!−−−

次の瞬間、大きな音とともに部屋のドアが蹴破られ
隻眼をギラつかせたひとりの少年が入って来た。

「お・・・お前、誰だよ!」

男は大きな音に驚き尻もちをついた姿で怯えた声を出すが
少年は何も答えず、彼の履いた下駄の音だけが
カラン・・・コロン・・・と、男の耳に響いた。

ネコ娘は鬼太郎の姿を確認すると、張り詰めた糸が切れたように
そのまま意識を手放した。

鬼太郎は意識のないネコ娘の手首からロープを外すと
頬に残った涙の跡をソッと指で拭った。

 −−−ネコ娘・・・待たせて、ごめん・・・−−−

その一部始終を怯えながらも睨み付けるように見ていた男が
上ずった声で叫んだ。

「猫田さんは僕のものだ!触るな!!」

鬼太郎が振り向きざまに飛ばした下駄が男の頬を掠る。
それはまるでカマイタチにでもやられたようにスッパリと切れ
鮮血が滴る。
下駄はそのまま男の背後の壁を突き破り、Uターンすると
主である少年の元へと戻った。
男は驚き恐怖したが、まだネコ娘のことを諦める気持ちは無いらしく
鬼太郎に向って叫んだ。

「猫田さんは僕だけのものだ!!
 僕の恋・・人・・・うぅ・・・」

男の言葉が終らぬうちに鬼太郎のちゃんちゃんこが男の身体を包み
ゆっくりと少しづつ、しかし確実に締め上げる。
鬼太郎は部屋中の壁に貼られたネコ娘の盗撮写真をグルリと見廻し
男に向かい初めて口を開いた。

「君は知らないようだから教えてあげるよ。
 彼女は・・・ネコ娘はボクのものだ。
 君が生まれるずっと前からね・・・」

「う・・・・うぅ・・・」

男の骨がミシミシと音をたてると、鬼太郎はちゃんちゃんこを少しだけ弛めた。
だが決して、男を許した訳ではない。
その証拠に自分の髪を一本抜くと
それを鋭い剣に化えたのだ。

「君に選ばせてあげるよ」

感情の無い声で鬼太郎がそう言うと
男は戸惑いの表情を見せた。

「鈍いなぁ・・・最初に切り落とすところだよ」

「ひっ・・・!!」

「君が決められないなら・・・ボクが決めてあげるよ!」

薄い笑いを浮かべたまま鬼太郎が剣を振り翳した。






「もう、そのへんでいいんじゃねぇの?」

背後でねずみ男が声をかけた。

 −−−やっぱり、来たのか・・・−−−

鬼太郎は心の中で舌打ちをするが、まだその手には力をこめたままだ。

「オレはよぅ、別にお前が人間の一人や二人殺っちまおうが
 知ったこっちゃねぇけどな。
 お前の親父から伝言を頼まれちまったから
 こ〜してわざわざ来てやったんだよ」

「父さんが何を言っても、コイツを許す気はない!!」

「まぁ、聞けよ。『お前が人間を殺したらネコ娘が悲しむ』
 それだけ伝えてくれってよ」

鬼太郎の手がピクリと震えた。

「オレもそう思うぜ。
 この猫女のこった。自分のせいでお前が人間を殺したと知ったらよ
 横丁から出て行っちまうかもなぁ〜」

鬼太郎の手が力無くダラリと下げられた。
そしてそれを合図のように、男の身体を締め上げていたちゃんちゃんこが
鬼太郎の元へ戻って来た。
やっと解放された男は、その場に跪き、激しく咳き込んでいる。
それを横目で眺めながら、ねずみ男が口を開く。

「フンっ!やっぱり手加減してたんじゃねぇの」

鬼太郎ならばこんな人間の男ぐらいすぐに殺せる。
しかし、男はこうして生きている。
始めから殺す気など無かったのだ・・・ねずみ男がそう思った時だった。
鬼太郎が薄い笑いを口元に浮かべ、静かに言った。

「すぐに殺してやるほど、ボクは寛大じゃない。
 そうだろう?」

 −−−あぁ・・・そうだ。
     ・・・そういう奴だよ。お前はよ・・・−−−

長い付き合いのこの少年の姿をした男は
自分が裏切られようが利用されようが、最後はしょうがないと許してくれるのだ。
だが、あの猫妖怪の娘が同じ目に遭おうものなら
絶対に許すことはない。
例えそれが長い付き合いの自分であってもだ。

ねずみ男の背がゾクリと寒くなったが
気を取り直し、また口を開いた。

「それで、コイツだけど・・・地獄送りにするってぇのは
 どうよ?」

「・・・」

「暫くあっちにいりゃ〜よ、いくらコイツでも改心すんじゃねぇの?」

ねずみ男は楽しそうに言葉を続けた。

「まぁ、それで改心しなきゃ、あっちの奴等がコイツを餓鬼どもの餌にすんだろうよ。
 生きながら喰われるってどんなだろうなぁ」

ヘヘヘ・・・と笑うねずみ男は本当に楽しそうだ。

「・・・今のはお前の考えじゃないだろう」

鬼太郎の問いにねずみ男は『バレた?』という顔をして

「お前の親父が閻魔に話をつけたんだよ。
 まぁ、五冠王の奴も親父の後押ししてくれたみたいだがよ」

そこまで話が出来ているなら
もう鬼太郎は何も言えない。
ねずみ男に後を任せると、まだ意識の戻らないネコ娘をソッと抱き上げ
部屋を出て行った。

後を任されたねずみ男は嬉々として男を縛り上げ化け烏に吊るすと
男に向かって言った。

「いつ帰って来られるかわかんねぇから
 目ぼしい物はオレ様が処分しといてやるよ。
 んじゃぁ、達者でなぁ!!」

この男、最初からこれが狙いだったようだ・・・




次へ→ 


                    閉じてお戻りください