あの悪夢のような夜からもう何日過ぎたのか・・・

目覚めたネコ娘は自分の掌に何かが握られていることに気付き
手を開いた。

「!!」

蒼い色の衣の切れ端・・・あの時、目も開けられず、身体も動かせなかったが
何とか抵抗して切り裂いたのだろうか・・・?
でもこれで自分を襲った相手が誰なのか、疑う余地も無くなった・・・
蒼さんに襲われたなどと口が裂けても鬼太郎には言えない・・・知られてはいけない・・・

・・・横丁を出て行こう・・・
自分の身体は汚れてしまったのだ。
もう前のように鬼太郎を受け入れることなど出来ない・・・
あの悪夢のような夜を無かったことには出来ないのだ・・・

ネコ娘は身の回りの物をバッグに詰めると、身を清めるために風呂に入った。
湯船にぼんやり浸かっていると、やはり出て行く前にもう一度だけ
鬼太郎の顔が見たくなる。
自分でも未練だと思うが、もう二度と会えなくなるのだ。
最後に鬼太郎の笑顔を胸に刻み付け旅立ちたい・・・

ネコ娘は風呂から上がると身支度を整え、ゲゲゲハウスへと向かった・・・






まだ蒼坊主がいるかも知れないゲゲゲハウスに直接行くことが出来ないネコ娘は
木の陰に隠れて、鬼太郎が出てくるのを待った。
不意に肩を叩かれ、驚いて振り向くと笑顔の鬼太郎が立っていた。
遠くからでも鬼太郎の笑顔を見たら、それで旅立とうと思っていたネコ娘は
目の前の鬼太郎に言葉も出ない。

「こんな処でどうしたんだい?」

「え・・・あの・・・蒼さんは?」

「昨日の朝、また旅に行ったよ。ネコ娘の料理食べられなくて残念がってたけど・・・
 アルバイトで忙しかったのかい?」

「う・・・うん・・・そう・・・」

蒼坊主がすでに旅立ったことを知り、内心ホッと胸を撫で下ろす。

「うちに来たんだろう?お茶でも煎れるよ」

ネコ娘の言葉を待たずに半ば強引に鬼太郎は彼女の背を押し
ゲゲゲハウスへと入って行った。
家の中に目玉の親父の姿は無く、留守のようだ。

「鬼太郎、親父さんは?」

「子泣きと将棋」

「そう・・・会いたかったなぁ・・・」

最後に目玉の親父にもそれと無く今まで世話になった礼を伝えたかったが
留守では諦めるしかない。

「はい。お茶。父さんに用事だったのかい?」

「別にそう言う訳じゃ・・・」

ネコ娘が慌てて鬼太郎から顔を逸らすと、そこに洗濯前の汚れ物が置かれていた。

「私に洗うの手伝わせて・・・」

鬼太郎は慌てて止めようとするが、それより早くネコ娘が汚れ物に手を伸ばす。

「えっ?・・・これ・・・」

ネコ娘が持ち上げた物は蒼坊主の衣にそっくりだが、大きさが一回りほど小さく
裾の部分が少しだけ引き千切られ無くなっている。

「バレちゃったようだねぇ・・・」

鬼太郎がクスリと笑い、その表情に闇が忍び込む。

「それじゃぁ・・・あの夜のは・・・!!」

「そうだよ・・・ボク。蒼兄さんじゃない」

鬼太郎の言葉にネコ娘の身体がガクガクと震える。

「どうして?・・・どうして蒼さんの真似なんかしたの?」

鬼太郎の指が跪き震えるネコ娘の顎を軽く掴み、顔を寄せ囁くように言った。

「だってキミはだいぶ兄さんが帰って来るのを楽しみにしてたようだからねぇ・・・
 ボクより蒼兄さんの方がイイのかと思ってさ・・・」

「そ・・・そんなことあるわけないじゃないよぅ!!
 私・・・もう鬼太郎に会えない・・・横丁も出て行こうって・・・」

ネコ娘の瞳から涙が溢れ零れる。
それを鬼太郎は指で拭うと彼女の耳に声色だけは優しく囁く。

「ネコ娘が行きたいのならどこにでも行けばいいさ・・・でも・・・
 ボクから逃げられればの話だけどねぇ・・・」

そのままクスクス笑う鬼太郎にネコ娘は組み敷かれた。



きっとネコ娘は以前のように蒼坊主とは接することが出来ないだろう。
いくら上辺で繕ってみても、蒼坊主と接する度にあの夜の悪夢を思い出すのだ。
後で鬼太郎だったと聞かされたとしても、一度蒼坊主として心に刻まれた恐怖は拭い去れない。

−−−鎮火・・・しただろう?・・・ネコ娘・・・−−−

鬼太郎の隻眼が闇を湛え、その中に戸惑った瞳のネコ娘が囚われたように映し出されていた・・・




                終



                 
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