百合の香


 ゲゲゲの森にも秋の風が吹き渡り、秋桜の群れが咲き乱れる。
そんな中、咲き遅れたのだろうか?
真白な百合がひとつ、葵の目に飛び込んで来た。
純白の凛と気高い姿に友の姿が重なり、彼女の胸がチクリと痛んだ。

−−−真白・・・貴女は気付いていたかしら・・・?私のこの気持ちに・・・−−−

最後まで親友の仮面を被り続けた・・・真実の気持ちを伝えて貴女の傍にいられなくなることが
恐かったから・・・
ごめんね・・・真白・・・
自分の気持ちを押し殺すことに精一杯で、貴女の哀しみに少しも気付けなかった・・・
気付いた時には貴女は・・・

鬼太郎が憎かった訳じゃない・・・
私が憎み許せなかったのは・・・貴女を止められなかった私自身・・・


ザ・・・ザァーーーーーーーーーーーー

秋風が咲き乱れる花々を揺らし、たった一輪咲く百合の香を運んでくる。
その時・・・懐かしい声が聞こえた気がした・・・

−−−葵・・・心配しないで・・・私なら・・・もう大丈夫だから・・・−−−

「真白・・・私もよ。私も・・・もう大丈夫」

貴女を失い、もう一生笑うことなど無いと思っていた・・・だけど・・・

あの少女の人懐っこい笑顔が、この凍り付いた私の胸に熱い・・・蕩ける様に熱い炎を灯したのだ。

彼女の想い人は誰なのか・・・そんなことは一目瞭然聞くまでも無い。
それでも・・・
この胸に芽生えた少女を想う気持ちは誰にも消せない・・・そう・・・あの少年でさえ・・・


ザザァァァーーーーーーーーーーーー

森を吹き抜ける強い風に髪が乱され、一瞬、目の前を遮られる。
ゲゲゲの森は穏やかだと聞いていたが・・・

−−−この風・・・私の侵入を拒んでる・・・?−−−

まさか考え過ぎだろうと、再び目の前の白い花に目を向けるが
そこには秋桜が揺れるだけで友を想わせる凛とした姿はどこにもなかった。










 −−−ここね。ネコ娘の家は・・・−−−

小さいながらも小奇麗に手入れされている。
砂掛けから書いて貰った簡単な地図を胸に仕舞い込み、玄関のガラス戸に手を伸ばす・・・
が、思い直し、側面の窓の方へと足を向けた。

−−−どうせなら驚かせなきゃ面白くないわよね−−−

突然の訪問に大きな目を更に大きくして驚き、それから満面の笑みで迎え入れてくれる筈・・・

家の側面に廻り込むが、昼間だというのにカーテンが閉まっている。

−−−どこかに出掛けてるのかしら・・・?−−−

様子を窺う様に窓に近づく葵の耳に聞き覚えのある少女と少年の声が飛び込んで来た。

「もう!ジッとしてなきゃ測れないじゃないよぅ!」

「ネコ娘・・・ワザと擽ってるだろ?!・・・うわぁ!」

「鬼太郎が擽ったがりなだけじゃない!」

二人のクスクス笑う愉しげな声に葵はカーテンの隙間からソッと家の中の様子を覗き込むが
部屋の中は暗くてよくは見えない。
しかし、だんだんと暗さに慣れた葵の目が二人の様子をやっと捉えた。
どうやらネコ娘は巻尺を手に案山子の様に立たされた鬼太郎の身体の寸法を測っているようだ。

−−−・・・まるでママゴト・・・子犬のじゃれ合いね−−−

内の様子を窺っていた葵が密かに胸を撫で下ろす。
時折、少女はドキリとするほど艶を帯びた表情を少年に向けることがある___そんな気がしていたが、
今の二人を見る限り、いらぬ心配をしていたみたいだ。

それでも・・・

少年に見せる少女の笑顔は葵に見せるそれとは違い、胸がズキリと痛む。

−−−邪魔者は消えてあげるわ・・・今日のところは・・・ね−−−

葵はソッとネコ娘の家を離れると、秋風とともに城へと帰って行った。







 部屋の中、葵の妖気が遠ざかるのを感じ鬼太郎の口端が微かに動く。

「鬼太郎?どうかした?」

「うん?いや・・・百合の香りがしたような気がして・・・ね・・・」

「えっ?全然しないわよ?第一、百合の時期はもうとっくに過ぎちゃったじゃない!
 相変わらずそういうことに疎いんだからぁ!」

呆れた口調でそう言うネコ娘の少し尖った耳元に顔を近づけた鬼太郎がクスリと笑い優しく囁く。

「じゃぁさ・・・何かと疎いボクにネコ娘がいろいろ教えてよ・・・」

「にゃっ!」

鬼太郎の隻眼に艶めいた瞳を隠す様に伏せるネコ娘の姿が映し出されていた・・・





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