主導権を握った理沙の中に微かだがネコ娘の妖気を捕えることが出来る・・・
だいぶ生気は吸われてしまっているようだが、ネコ娘は確かにまだ己の身体の奥底にいる。

−−−どうか・・・どうか間に合ってくれ!!−−−

公園に滑り込むように入って行くと、すぐに彼女を見つけることが出来た。
ネコ娘の姿で真直ぐにこちらを見つめるその表情は、鬼太郎がずっと見続けてきたネコ娘とは違い
それが理沙だとすぐに分かる。

「ボクはネコ娘のように人間を信じてはいないんだ・・・でも・・・それでも・・・
 彼女が信じた君を・・・ボクも信じたんだけどね・・・
 早くネコ娘に身体を返すんだ!!」

鬼太郎の言葉に理沙の表情が険しくなる。

「彼の傍にいるには実体が必要なの!返す気はないわ」

「君を信じ力を貸したネコ娘を裏切って・・・君は本気で幸せになれるとでも?」
 
「なれるわ!私のことは振り向いてくれなくても・・・この姿なら彼もきっと振り向いてくれる!!
 私は彼と幸せになるのよ!!」

ネコ娘の身体を借りた理沙が手を翳すと、そこには鋭く長い爪が蓄えられていた。

「!!」

「驚いた?・・・ネコ娘さんの爪も牙も使いこなせるわよ!
 これ以上私の邪魔をするなら・・・この牙で貴方の喉に噛み付き、この爪で貴方の心臓を抉り出すわよ!
 さんざん貴方に振り回され泣かされたネコ娘さんもそれを望んでるんじゃない?!!」

理沙がネコ娘の顔で高笑う・・・

「・・・ネコ娘が・・・」

「えっ?」

「それが本当にネコ娘が望むことなら・・・ネコ娘本人がボクをそうしたいと言うのなら
 例えこの身体をバラバラにされたってボクは構わない・・・でも・・・
 ネコ娘は絶対にそんなことは望まない!!」

その時、月光を背に立つ理沙の表情がほんの少しだが動揺する様子を見せた。

−−−彼女が望むならバラバラにされても構わない?・・・どういうこと・・・?
   私は・・・私が一番大事・・・彼の望みなんて・・・そんなの知らない・・・−−−

「ボクはずっとネコ娘を・・・ネコ娘だけを見てきたんだ・・・だからボクには分かる。
 彼女の望みはただひとつ・・・いつも皆が笑顔でいられること・・・
 その為だったらどんな苦労も彼女は笑って引き受ける。
 それは・・・理沙ちゃん・・・君のこともだよ・・・」

「聞きたくない!!」

両手で耳を覆う理沙の手を鬼太郎は掴んだ。

「ネコ娘だって君を身体の中に入れるのはとても危険だと承知していた筈だよ。
 それでも・・・君のことを笑顔で受け入れたんじゃないかい?
 君の笑顔が見たい・・・ただそれだけで・・・」

険しかった表情が見る見るうちにとかれていく・・・

「ネコ娘さんは・・・にっこり笑って・・・私に手を・・・」

ネコ娘の身体を借りた理沙の瞳から涙が一滴零れ落ちた・・・
すると・・・
その身から黒い影が陽炎の様に揺れながら抜け出ていくのが見てとれた。
それは、ゆらゆら・・・ゆらゆら・・・揺れながら上空の一処に集まり・・・

「なぁ〜んだ!失敗!!ホント、人間の霊って使えない!!」

箒に横座りした魔女・ザンビアが悪態を吐く。

「お前が理沙ちゃんに邪気を植え付けたのか!!」

「そうよ!今頃気付いたの?
 あんたを油断させる為にギリギリのタイミングでね・・・
 あのなにかと目障りな女を消滅させて・・・上手くいけばあんたも始末出来ると思ったんだけど・・・
 人間の霊なんて使ったのが間違いだったわ!」

鬼太郎がリモコン下駄と毛針を放つが、ザンビアはそれを避け

「私に構ってる暇なんてある?あの女が消滅してもいいなら
 相手してあげてもいいけど!!」

「くっ・・・!!」

悠々と高笑いを残し消えていった・・・
作戦は失敗したが、最後に鬼太郎の悔しそうな顔が見られたので
彼女なりに満足したのだろう・・・

「理沙ちゃん・・・」

「ごめんなさい・・・私・・・」

「分かってる。君は知らない間にザンビアに利用されただけだ。
 その証拠にネコ娘はまだ消滅していない・・・きっと邪気に抵抗する君の心の一部が
 彼女を守ってくれていたんだ」

理沙の首が横に振られる。

「私・・・ネコ娘さんが羨ましかった・・・
 好きな相手に振り向いて貰えない者同士だと思ってたのに
 昨夜の貴方を見てすぐに分かったわ・・・貴方にとってネコ娘さんは特別な存在なんだって・・・
 なんだか・・・私・・・裏切られた様な気持ちになってしまって・・・
 邪気が入り込む隙を作ったのは私自身よ・・・
 こんな醜い私なんて、彼に好かれなくて当たり前よね・・・」

理沙の瞳は涙が溢れているのに、その口元は精一杯の笑顔を象ろうと
頑張っている・・・

「・・・そんなこと無いみたいだよ・・・」

鬼太郎が理沙に振り向くように仕草で示す。

「えっ?・・・!!」

そこには・・・松葉杖を突いた青年が懸命にこちらに向かって来る姿があった。

「遅くなって・・・ごめん・・・」

慣れぬ松葉杖での歩行は余程大変だったのだろう・・・
青年の額には汗が滲み、息も切れている。

「佑輔!!大丈夫?どうしたの?」

青年に駆け寄り、彼の身を心配するネコ娘の姿をした理沙・・・
それがネコ娘ではないと解ってはいても、鬼太郎の心の中に暗い痛みが走る。
鬼太郎はその痛みを払い除ける様に大きく首を振り、二人に近づいて行った。

「その怪我は・・・?」

自分よりずっと年下に見える隻眼の少年の纏う気配が
見た目通りでは無い事を佑輔に知らせている。

「これは・・・」

佑輔が理沙と逢う為、公園への道を急いでいると
黒い影の様なモノに突然覆い被さる様に襲われ右足を噛まれたのだと説明した。
松葉杖に足には包帯・・・病院に行っていたので理沙との約束に遅れたのだ・・・

「あれは一体何だったんだろう・・・?」

佑輔は黒い影の正体には気付いていないが・・・

−−−ザンビア・・・か・・・−−−

佑輔に時間通り来られては都合が悪いザンビアが、使い魔にでも彼を襲わせたのだろう・・・
しかし今はネコ娘のことを第一に考えなければならない・・・
その身はそろそろ限界の筈・・・

理沙も無論、そのことはよく分かっている・・・
傍のベンチに置いていたリボンの掛かった包みを一度大事そうに抱き締めると彼に差し出した。

「佑輔。お誕生日おめでとう!本当はクリスマスに渡すつもりだったんだけど・・・
 間に合わなかった・・・もう時期外れだよね・・・」

大切そうに包みを開けた彼がマフラーを自分の首に掛けた。

「・・・俺・・・だんだん綺麗になっていく理沙が・・・理沙が離れて行くのが恐かった・・・
 だから、俺に告白してくる女の子と付き合ったりしたけど・・・そんなの長くは続かないよ・・・
 こんなことならもっと早く自分の気持ちに正直になれば良かった・・・
 ごめん・・・俺・・・馬鹿だよな・・・」

理沙の首が何度も横に振られる。
そして・・・

「光・・・天に向かって光の道が見えるわ・・・」

理沙の霊がネコ娘の身体から離れる。
佑輔の耳には___さよなら・・・ずっと大好き___ネコ娘の声では無く
本当の理沙の声でそう囁くのが聞こえたような気がした・・・

「俺が爺さんになってそっちに行っても・・・笑わないでくれよな・・・」

見える筈もない天に続く光の道を見つめ、佑輔がポツリと呟いた。

理沙が離れたネコ娘の身体がグラリと崩れ落ちそうになるのを鬼太郎が受け止め抱きしめる・・・

−−−お帰り・・・ネコ娘・・・ボク達の横町へ帰ろう・・・−−−

愛しそうにネコ娘を抱いた鬼太郎が公園の片隅、鬱蒼と木々が茂る暗闇へと
吸い込まれる様に消えていった・・・




               



              
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