「・・・あのね・・・私・・・沙希ちゃんと詩織ちゃんに・・・」

「あれっ?あの人・・・猫先輩の彼じゃないですか?」

詩織の言葉にネコ娘が振り向く・・・

「き・・・鬼太郎?!!ど・・・どうして・・・?」

驚くネコ娘に気付いた鬼太郎がいつもの笑顔を浮かべ当然の様に近づいて来る。
180cmはゆうに超えている身長にサラサラの髪・・・それに少年の時から少しも変わらないその笑顔・・・
しかし彼の纏う雰囲気はやはり人間のそれは違い不思議な感じを齎せるようで
沙希と詩織は暫し鬼太郎を凝視し、それから慌ててそれぞれの彼と共に席を立ち挨拶をした。
鬼太郎もまた皆に挨拶を返すとネコ娘の隣に座り、チラリと目線をネコ娘に向けるが、
彼女はまだ驚いた表情のまま固まっている。

−−−流石に猫化はしないんだ・・・−−−

愉しそうにクックと含み笑いを零す鬼太郎の横でやっと我に返ったネコ娘は酷く堕ち込んだ。

___鬼太郎は必要以上に人間と関わることを芳としない・・・お互いがお互いの領分を侵すこと無く
暮らせばそれでいいと思っている。
そんな彼が、どんな経緯でこの【彼氏同伴食事会】のことを知ったのかは分からないが
その気持ちを曲げてまでここに来てくれたのはきっと・・・きっと自分の吐いた嘘の所為・・・
昔から仲間が困っていたら放っておけない・・・それが彼、ゲゲゲの鬼太郎なのだ。
私があの時本当の事を言ってたら鬼太郎にこんな迷惑もかけなくて済んだのに・・・

ネコ娘の瞳が微かに潤む。

「猫先輩?どうしたんですか?」

さっきから黙り込んでいる先輩を心配して沙希が声を掛ける。

「あぁ・・・猫は目の前の魚料理に感激して声も出ないんだよねぇ?
 良かったらボクの分もあげるけど・・・?」

鬼太郎がそう言うと皆がドッと笑い、その場を和ませてくれた。
彼の不思議な雰囲気に呑まれていた詩織も沙希もこれで緊張が解けたのか
笑顔で鬼太郎に話し掛けてくる。

−−−昔は口下手で冗談のひとつも言えなかったのに・・・−−−

ジッと見つめるネコ娘に独り言のように鬼太郎が呟いた。

「折角の食事会・・・楽しまなきゃ損だよ・・・ネコ娘・・・」

そう・・・そうだ。
こうして鬼太郎が来てくれたのに暗い顔をしてたら彼の好意を無にしてしまうことになる。
彼に謝ったり落ち込んだりするのは後でいい・・・
今は恋人の役を引き受けてくれた彼の気持ちに甘えて、う〜んと楽しもう。
きっともうこんなこと・・・これで最初で最後なのだから・・・

ネコ娘の胸に切ない痛みが走るが、それを隠すように彼女は精一杯の笑顔を作ると
皆の会話の輪の中に入った。





楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、後輩やその彼氏たちを見送ると
鬼太郎とネコ娘の二人も横丁へ帰る為、歩き出した。

「鬼太郎・・・似合ってるね。その服・・・」

「えぇ?!そうかなぁ・・・ねずみ男の奴に渡されたんだけど・・・
 ボクはこんな窮屈な服よりいつもの方がずっといいや」

「やっぱり!!今日のこと、ねずみ男が鬼太郎に喋ったのね?!
 油断も隙も無いんだから!!どこで立ち聞きして・・・」

猫化し捲し立ててた言葉がフッと途切れ・・・

「・・・でも、そのお陰で鬼太郎は来てくれたんだよね・・・
 鬼太郎・・・恋人の振りをしてくれて・・・ありがとう・・・迷惑かけてごめんなさい・・・
 しょうがない!今回ばかりはあいつのお喋りに感謝するわ」

_恋人の振り___自分の言葉にネコ娘の胸が痛むがそれを誤魔化すように笑ってみせた。
しかし鬼太郎の胸が彼女のその言葉を切欠にザワザワと騒ぎ出す。
ずっと胸に引っ掛かっていた思い・・・

___ネコ娘が少女の頃のままの気持ちなら・・・どうして食事会のことをボクに言わなかった?
どうして『恋人の振り』なんて言うんだ?
どうして謝ったりするんだ?
・・・キミの想い人はボクじゃなく他に・・・?   

「ネコ娘!!」

鬼太郎がネコ娘の手首を強く掴んだ。

「イタッ!!き・・・鬼太郎・・・痛いよ・・・一体どう・・・」

鬼太郎の隻眼に漆黒の闇が映っている・・・ネコ娘はまるで蛇に睨まれた蛙のように足が竦んで動けない・・・

「ネコ娘・・・ボクじゃない方が良かったんじゃないかい?
 だから・・・ボクに今回のこと言わなかったんだよねぇ・・・?
 本当は誰に頼みたかったんだい・・・?言ってごらん・・・」

「ち・・・違う・・・私、本当に迷惑かけちゃ・・・」

ネコ娘の言葉が終らぬうちに鬼太郎がサッと掴んでいた手を離し、暗闇に隻眼を向ける。

「?」

暫くすると鬼太郎が目を向けた方向からあの男が現れ

「よぅ!お二人さん!!当然オレ様に土産のひとつもあんだろうな?!!」

二人の只ならぬ状況も気付かぬ様に呑気に声を掛けて来た。

「そんなもの、ある訳ないだろ・・・どうせお前のことだ。家の御櫃を空っぽにしたんじゃないか?」

「あんなもんじゃ腹の足しにもならねぇっつ〜の!!
 あぁ!これが黒ちゃんや蒼の奴ならよぅ、気ぃ利かして土産のひとつも買って来るってもんだぜ!!
 こんなことならあいつ等に食事会の話すりゃぁ良かったぜ!!
 ネコ娘。お前だって彼氏の振りしてくれるんだったら誰でも良かったんだよなぁ?
 あっ!と言うことはだぜ?!オレ様でも良かったんじゃねぇか?!」

「何言ってんのよ!!バッカじゃないの!!誰でも良い訳ないじゃない!!
 例え恋人の振りだけでも鬼太郎じゃなきゃ意味ないもん!!
 鬼太郎じゃなきゃ・・・えっ?・・・あの・・・キャァーーーーーーーッ!!」

勢い良くここまで言ったはいいが、急に恥かしくなったネコ娘はひとりで走って逃げてしまった。

「だとよ!!あの馬鹿猫女、身体だけは成長してイッチョ前だがよ・・・
 こっちの方は昔のまんまガキだね!ガキ!!」

ねずみ男が自分の胸を叩いてみせる。
ネコ娘の心はずっと昔のまま・・・そう言いたいようだ。

「追いかけなくていいのかよ?お前は人間界に詳しくねぇから知らねぇだろうけど、
 最近の人間界は物騒なんだぜぇ?!まっ!あの凶暴猫女じゃ襲う方がやられちまう・・・」

「ねずみ男!ありがとう!!」

鬼太郎はねずみ男に小さな箱をポンっと投げると、そのままネコ娘の逃げた暗闇へと駆け出して行った。

「ホント、世話の焼ける奴等だぜ・・・」

呟きながら鬼太郎の投げた箱を乱暴に開け中を覗く・・・

「げっ!!あいつ、ケーキの箱投げやがって・・・ぐちゃぐちゃじゃねぇかよ!!」

それでもねずみ男は箱に指を突っ込み元はケーキと思しきモノを掬い口に運ぶ。

「全く一銭にもならねぇことさせやがって・・・オレ様は金にならないことはしない主義だっつ〜の!!」

小さくボヤキながらねずみ男もまた人間界の露地裏へとその姿を消した・・・


              
 終


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