丑の刻


 晩秋ともなると、まだ夕刻だというのに辺りは濃い闇色に包まれる。

−−−すっかり遅くなっちゃった・・・−−−

人間界でのバイトを終えたネコ娘は、横丁の出入り口の灯篭を目指して足を速めた。
角を曲がり、神社の赤い鳥居が見えると、灯篭がもうすぐ近くだと分かる。

−−−明日はお休みだし・・・何しようかなぁ〜−−−

そう思った時だった。

ゾワッ・・・

全身に鳥肌が立ち、鳥居の奥から禍々しい気が天に昇って行くのが見えた。
神社の奥で何が起こっているのか分からないが、妖の自分にさえ鳥肌を立たせるほどの
禍々しさだ。
もし、あの気に人間があたったら・・・

「大変!鬼太郎に知らせなきゃ!!」

ネコ娘は四つん這いになると、飛ぶような速さで暗闇へと消えていった。






 「それは・・・丑の刻参りじゃろうよ。
  今でもそんなことをする者がおるとはのぅ・・・」

ネコ娘の話を聞いた目玉の親父の眉間に皺が寄る。

「丑の刻参りって・・・あの藁人形を五寸釘でっていうあれ?!」

目玉の親父がコクリと頷く。

「だいたいが略式で放っておいても害が無い自己満足なものなんじゃが、
 今回はお前さんにまで感じるほどの禍々しさとなると・・・
 鬼太郎。放っておくわけにもいくまい」

「そうですね。兎に角、その神社まで行ってみましょう。
 何か分かるかも知れない」

鬼太郎は卓袱台の上の父親を頭に乗せると、ネコ娘とともに
先程の神社へと向かった。






 「鬼太郎!ここよ!!」

ネコ娘が言うまでもなく、淀んだ重い空気が神社を包んでいるのが分かる。
鳥居を潜ると、その空気はいっそう重く、身体に纏いついて来るようだ。

「鬼太郎。御神木はあっちじゃ!」

目玉の親父は、しめ縄が施されたひと際大きな木を指差した。
鬼太郎が用心深く御神木の回りを調べる。
すると、

「ありました・・・」

大木の裏に隠れる様に五寸釘に貫かれた藁人形が見つかった。
と同時に、ネコ娘の耳がピクリと動く。

「鬼太郎!何か・・・ザワザワ聞こえる・・・何を喋ってるのかは分からないけど・・・
 大勢の声よ!」

「怨嗟、無念、呪いの声じゃ!丑の刻参りの影響で、地下に眠るモノたちが目覚め始めてる!
 早く止めねば、関係ない人間まで巻き込んでしまうぞ!!」

「はい!・・・ネコ娘。今、何時だい?」

ネコ娘が腕時計を見る。

「そろそろ丑三つ時・・・よ」








 草叢に隠れる三人の耳に、石の階段を上る一本下駄の音が響いて来た。

カッコ―――ン・・・カッコ―――ン・・・

−−−来た!!−−−

暗闇でも目が利くネコ娘には、こちらに向かって来る女が並みの妖怪なんぞより、
よっぽど恐ろしく映る。

白装束に一本下駄は言うに及ばず、頭上の五徳に妖しく灯る蝋燭、
浮き上がる程白く塗られ顔と長く振り乱された黒髪・・・

鬼太郎が手を握っていてくれなかったら、叫んでいたかも知れない。


女は御神木の前に立つと、打ち付けられた藁人形を凄い形相で睨み付け、
徐に鉄鎚を振り上げる____

「もうそろそろ止めないと・・・身を滅ぼすよ」

鬼太郎の声に女の肩がヒクリと動いた。



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