罪
飛騨の天狗の里にねずみ男がひとりでフラリと現れた。
彼がひとりでここに姿を現すのはこれが初めてではない。
「よっ!黒ちゃん!お待ちかねのネコ娘近況報告持って来たぜ!」
声を掛けられ黒鴉が一瞬嬉しげな表情を浮かべる・・・が、
「べ・・・別に私は待ちかねてなど・・・」
すぐにいつものキリリとした表情に戻る。
「あっそう!そんじゃオレ様はこのまま帰ると・・・」
「ま・・・待て!・・・待ちかねてはいないが・・・お前が話したいなら聞いてやらないことも
・・・ない・・・」
ねずみ男の口端が微かに上がる。
この男、本気で帰ろうとしていた訳ではない。
何故なら・・・黒鴉とねずみ男、二人は持ちつ持たれつの関係だからだ。
遠く離れ滅多に逢うこともままならないネコ娘の情報を喉から手が出るほど欲しい黒鴉の心中を
人間界のゴミ箱を漁っても空腹を満たすことが出来ないねずみ男が放って置く筈がない。
持ちつ持たれつ・・・『何事もGive and Takeだぜ!』
Give___うんめぇ飯食わせてくれりゃよぅ・・・
Take___オレ様が猫女の情報を持って来てやるよ・・・と、言うことらしい。
黒鴉にとっては食事ぐらいでネコ娘の情報が手に入るなら安い物だったが、
彼の性格ゆえか、散々渋った後に仕方ない風を装いねずみ男の申し出を受けたのだった。
「そうか・・・ネコ娘殿はお元気なのだな・・・」
一通りネコ娘の他愛も無い近況報告を受けた黒鴉がホッとした様な笑みを浮かべる。
「元気!元気!!あの女から元気を取ったらなんも残らねぇっつ〜の!
ここ最近はバイトバイトで稼ぎ捲ってるみてぇだぜ」
大きな皿を抱えねずみ男が答える。
「そんなに働き詰めで身体を壊さねば良いが・・・」
心配そうに溜息を吐く黒鴉にねずみ男は内心
−−−ケッ!殺したって死なねぇぜ!あの猫女はよぅ!!−−−
そう思うが口には出さない。
好きな女の悪口は誰だって聞きたくは無い___黒鴉の機嫌を損ねてこの美味しい関係をふいにするほど
ねずみ男も馬鹿ではない。
目の前に座る黒鴉が頬を染め急に何やら落ち着きが無くなる・・・
「なんだ なんだぁ?ネコ娘の写真でも欲しいってか?」
「いや・・・それはもう・・・」
「持ってんのかよ?!!」
「ネコ娘殿は寝顔もお美しい・・・」
「ね・・・寝顔―ーーーーーーーー?!!」
ねずみ男は危うく椅子から転げ落ちそうになった。
黒鴉がネコ娘の寝顔の写真を持ってるなどとあの鬼が知ったら・・・背に冷たい汗が伝う・・・
「そ・・・その写真を黒ちゃんにやったのは・・・まさか・・・ネコ娘じゃぁ?!!」
その時はネコ娘もタダでは済まないだろう・・・
「いや・・・鬼太郎殿からだが」
「き・・・鬼太郎が?!!」
一体どういうつもりなのだろうか・・・?
黒鴉は胸の中に大事そうに仕舞っていた写真を取り出すと、ねずみ男の目の前に置いた。
「おま・・・これ・・・!!」
そこには・・・昼寝でもしてるのだろう・・・鬼太郎とネコ娘が互いに頭を寄せ合い寝ている姿があった。
「鬼太郎殿とネコ娘殿は本当の御兄弟の様に仲が宜しくて微笑ましい」
この言葉にねずみ男は開いた口が塞がらなかったが、こんな黒鴉だからこそ
内心油断がならないとあの鬼は感じているのかも知れない・・・
黒鴉がイソイソとまた大事そうに鬼太郎とネコ娘の寝顔写真を胸に仕舞う。
「じゃぁよぅ・・・さっきのあの態度は何だったワケ?」
「そ・・・それは・・・来週一日だけ久しぶりに休暇が取れたのでネコ娘殿のご都合はどうかと・・・」
−−−やっぱり、そうきたか!−−−
勿体ぶった態度でねずみ男は懐からボロボロの手帳を取り出すと
パラパラとページを捲り
「黒ちゃん、残念だけどよぅ。猫女の奴、来週はバスガイドの仕事で泊まりだぜ!」
心にも無い残念そうな顔をしてみせた。
「・・・仕事なら仕方無い・・・」
ガッカリと肩を落とす黒鴉の盃に酒を注ぐねずみ男の顔は
「そう そう!男は諦めが肝心ってな!今夜はオレ様が付き合ってやるよ!!
とことん飲もうぜ!!」
まるで重大任務を無事終えた様に晴れ晴れとしていた・・・
「お帰り・・・ねずみ男・・・で?」
「ちゃんとネコ娘はバスガイドの仕事で忙しいって言っといたぜ!
これでいいんだろ?これで!!」
不貞腐れるねずみ男に鬼太郎が口端だけで笑う。
「お前が卑しい真似をするからだろう?それに最初から真面目にネコ娘の近況報告なんか
する気もない癖に・・・」
「そりゃぁ・・・な。それよりも、てめぇもあんな写真渡すかね〜?!
まっ、黒鴉の奴には全く効果無しみてぇだけどな!」
「・・・」
「遠回しにあんな写真渡す位だったらよぅ・・ズバッと言っちゃえよ!ズバッと!!」
「ズバッと・・・ねぇ・・・」
忽ち鬼太郎の表情に闇の影が映り口元に薄い笑いが浮かぶ。
「それじゃぁ面白くないだろう・・・?」
黒鴉の罪は・・・ネコ娘を好きになったこと・・・
「これからも頼むよ・・・ねずみ男・・・ボク達は親友なんだろう・・・?」
背中に幾筋もの冷たい汗が伝うねずみ男に笑顔を浮かべた鬼太郎が小さく囁いた・・・
終
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