そら言


 薄紅色の花びらが宙を舞い、杯の中にひとひらの彩りを添えた・・・

今日は妖怪横丁恒例の花見の宴。
月の光も届かぬ闇の中でも、炎の妖たちが桜の木々を浮き立たせてくれる。
が、もうとうに盛りを過ぎた花びらは、時折強く吹く森の風に耐えることなく散っていく。
今年の桜も今晩が見納めになるだろう・・・

しかし、お馴染み妖怪横丁の女性群と飲むネコ娘は花見どころではない。
何故なら、花見が始まってからこちら、ずっと鬼太郎の横を葵が占領しているからだ。

「雪女の葵が鬼太郎の・・・?」

「あの二人なら似合いなんじゃないか」

「俺はてっきりネコ娘かと思ってたがな」

「一方的にネコ娘が熱を上げてるだけだろ」

妖たちの無責任な噂話が否が応でもネコ娘の耳に届く。

いつものネコ娘だったら、とっくに二人の間に割って入っていただろうが、
儚い花を愛でる花見の席で無粋な真似はしたくない。
それになにより、そんなことをしたら、それこそ自分が惨めになるだけ・・・

潤んだ大きな瞳に映る二人は、なんだかとても遠くに感じ
知らず知らずに溜息が零れる。
そんな時、

ザ・・・ザザザァ―――・・・

春の嵐が薄紅の吹雪を舞い踊らせ、刹那、二人の姿を隠してくれた。

−−−こうなったら・・・今日はとことん飲んでやるにゃ!!−−−







 「あ〜ぁ・・・すっかり酔っちゃった。今日は鬼太郎の家に泊めてもらおうかしら?」

大きな胸を更に強調させるような服で葵が鬼太郎にしな垂れかかる。

「そんなそら言・・・ボクに通用するとでも?」

横顔はいつもの笑顔を浮かべてはいるが、その声色はどこか醒め、
葵を見ようともしない。

「ふふ・・・すっかりお見通しってわけね」

お芝居は止めだとばかりに鬼太郎から身体を離し、赤いリボンへと葵の視線は向けられた。

「飛騨の黒鴉に、蒼坊主・・・人間の男にもネコ娘の崇拝者は多いらしいわね。
 まぁ・・・彼女は少しも気づいていないようだけど・・・」

葵は恋敵の名を挙げ、彼の横顔をチラリと盗み見る。

「・・・随分詳しいんだね」

呆れた様に横顔が苦笑する。

「そりゃぁ・・・」

誰しも恋敵の動向が気になるのは当たり前のことだ。

「鬼太郎は・・・気にならない?」

彼の横顔に向ける葵の視線は挑発的だ。

「・・・別に」

亜麻色の髪に隠され、表情を読み取ることが出来ない。
が、その声色は先程からずっと醒めたままだ。

「そう・・・」

鬼太郎の心の内を探ろうとした葵だが、もう引き下がるしかなさそうだ。
ネコ娘が鬼太郎に想いを寄せている以上、葵にとって彼が最大の恋敵であることに変わりはない。
が、今の彼の様子を見る限り、二人が深い仲になるとも思えない。

取り敢えずは____と、安堵の表情を浮かべる葵の横で、
そんな彼女に気付かないふりの鬼太郎が、ひとひらの花びらが浮く杯を一気に飲み干した。







 飲み過ぎて蕩けた瞳が、隻眼の少年を映す。

「ネコ娘!飲み過ぎ」

鬼太郎がネコ娘の手から杯を取り上げた。

「にゃによぅ!きにゃろうは葵ちゃんと、にゃか良く飲んでればいいにゃ!」

もう口も回っていない。

「彼女ならとっくに帰ったよ。ネコ娘によろしくってさ」

「見送りしたかったにょにぃ!」

「キミが飲み過ぎてるから遠慮したんじゃない?」

ネコ娘を立たせようとするが、フニャリと座り込んでしまう。

「しょうがないなぁ・・・」

鬼太郎はネコ娘に背を向け、ヒョイッとばかりに彼女を背負った。

「にゃっ!にゃによ!まだ帰らにゃいよぅ!」

背で暴れるネコ娘だが、鬼太郎は構わず宴の席を後にした。




 静まり返った森の中、先程まで暴れていたネコ娘の小さな寝息を聞きながら、
鬼太郎は葵の言葉を思い出していた。

___飛騨の黒鴉に、蒼坊主・・・鬼太郎は・・・気にならない?_____

それは聞くだけ野暮というものだろう・・・
蕩けた瞳のネコ娘を誰の目にも触れさせたくなくて、問答無用で宴の席から連れ出した鬼太郎だ。
ネコ娘に想いを寄せる彼らや葵を意識しないわけがない。
それでも・・・そら言にはそら言を・・・

−−−ボクの心の内を探ろうなんて・・・キミには無理だよ・・・葵−−−

ネコ娘を背にクスリと笑う鬼太郎は、雪のように舞い散る薄紅色の花びらの中へと
その姿を消していった。






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