そろそろ夜明けだ−−−−−

夜明けとともに小波は洞窟の中の祠へ封印されるだろう。
黒鴉程の妖力ならば次に目覚めるのは・・・十年先・・・いや、二十年先だろうか・・・?
これで自分も忌まわしい儀式から当分の間は解放される・・・
いや・・・正確に言うと、忌まわしいのは儀式では無く、その後だ。
あの少年の姿をした鬼野郎はそのことを知っていたから
封印の儀式を最初から自分に押し付けたのだ。
小波と一晩過ごした後に起こること・・・そのことこそが黒鴉に対してねずみ男が仕掛けた
真の復讐なのだ。

−−−さぁ〜て、そろそろ迎えに行ってやるか・・・
   小波ちゃんに全部絞り採られてミイラになってたりしてな・・・へへへ・・・−−−

ねずみ男が朱塗りの扉を目指し、また洞窟の中へ入っていった。
昨夜と違い、逆に篝火の灯がポツンポツンと消えていく。

−−−無事封印出来たみてぇだな・・・−−−

朱塗りの扉の前に立つと、昨夜と同じく禿が扉を内に開いてくれる。
小波が封印された後もこの禿が祠を守る役目を負っているのだ。
長い尻尾を持つ禿は、たぶんヤモリかなにかの力弱き妖怪なのだろう・・・

豪奢な布団でぐったりと横たわる黒鴉の頬をねずみ男がペチペチと数度叩くと
程無くして黒鴉が目を覚ます。

「あ・・・私は・・・封印は・・・?」

自力で立とうとするが、腰が抜けた様な状態で上手く立てない。

「あ〜ぁ・・・無理すんなって!一晩中頑張ったんだからしょうがねぇよなぁ・・・へへ
 お陰で小波ちゃんは無事、封印出来たようだぜ」

黒鴉に肩を貸し洞窟の外へと出ると、まだ腰砕けの様な状態の彼を
調度良い大きさの岩の上に座らせた。
まだ呆けている黒鴉にねずみ男が口をひらく。

「黒ちゃん・・・余韻に浸ってるとこ悪いんだけどよぅ、
 一つだけ言い忘れてたことがあんのよ・・・」

ニヤニヤ笑うねずみ男が真の復讐劇の幕を開けた。

「小波ちゃんが白蛇だってことは説明した通りなんだけどよぅ・・・
 実はただの白蛇じゃねぇのよ」

黒鴉の顔が瞬時に青くなる。

「ま・・・まさか・・・毒・・・?!」

「大当たり〜!!でもよ、心配すんなって!命に関わる様なもんじゃねぇからよ!
 あら?けど・・・男にとっちゃ、ある意味命取りかも知んねぇけどな・・・」
 
クックッ・・・と、ねずみ男は含み笑いを零す。

「黒ちゃん・・・ネコ娘のことを頭に浮かべてみな」

「ネコ娘殿の・・・?」

ねずみ男の唐突な言葉に黒鴉は怪訝に思うが、条件反射とでも言うのか
彼の娘の名前を聞けば、すぐにその笑顔が思い浮かぶ・・・
が、その途端、彼の一部に耐え切れないほどの激痛が走り
思わず座っていた岩から転がり落ちた。

「つっ・・・こ・・これが・・・?」

「そう言うこった。想い浮かべただけでそれだぜ?!実際ネコ娘を近付けた日にゃぁ
 どんなことになるか・・・でもよ。それも一年ぐらいで消えるから
 それまで辛抱するしかねぇな!」

「ねずみ男!!私に何の恨みがあってこんな仕打ちを・・・一体私が何をしたと言うのだ!!」

黒鴉はねずみ男を捕まえようとするが、腰も立たず、まだズキズキと痛む一部を
押さえながらでは当然、ヒラリと逃げられてしまう。

「その言葉、そっくりそのままかえしてやるよ!
 鬼太郎にオレが四十七士探しを真面目にやってねぇって言い付けやがった癖によぅ!!
 どうだ思い知ったか!!」

「私が鬼太郎殿に・・・?誤解だ!!第一私はこのところずっと飛騨から出てはいない!
 お前の思い違いだ!!」

「まだシラを切るのかよ?!往生際が悪いつ〜の!
 でも、まぁ、これで勘弁してやらぁ!!オレ様の寛大さに感謝しろよぅ!!」

ねずみ男は黒鴉に背を向けると彼をひとり残したまま逃げる様に
その場を後にした。



しかし・・・
帰る道すがら、ねずみ男は先程の黒鴉の言葉が妙に心に引っ掛かっていた。
ずっと黒鴉に復讐することしか頭の中に無かったが、それが果たされた今、
冷静になって考えてみると、どうしても彼の声色や表情に嘘が含まれているとは思えない。
それに律儀で堅物な黒鴉のこと、ねずみ男に注意するならば直接言って来るだろう・・・
ならば・・・自分に嘘の情報を吹き込み、もともとあった黒鴉への不満を煽り
復讐するまでにしたのは・・・

「あの野郎〜!!」

ねずみ男は一言文句を言ってやろうと、横丁へと向かう足を速めた。





ゲゲゲハウスの入口に下げられている筵を乱暴に払いねずみ男が中に入ると
鬼太郎はちょうど昼寝から目覚めたところだった。
部屋に目玉の親父の姿は無く、文句を言うには都合がいい。

「やい!やい!てめぇ!!オレをまんまと騙しやがったな!!」

怒り心頭のねずみ男に、鬼太郎は表情ひとつ変えずに口を開いた。

「全く煩い奴だなぁ・・・ボクがいつお前を騙したって言うんだい?」

「忘れたとは言わせねぇぞ!!黒鴉の奴がてめぇにオレの文句を言ってるって
 言ったじゃねぇか!!だからオレはあんな復讐までしたんだぜ!!」

ねずみ男の言葉に鬼太郎の口端が薄く上がる。

「『真面目に探さないと黒鴉さんが怒っていた・・・ボクからよ〜く言っといてくれ』・・・
 ボクが直接黒鴉さんから聞いたとは一言も言ってないけど?」

「はぁ?!!」

「わからない?じゃぁ、これでどう?『お前が真面目に四十七士探しをしないと
 黒鴉さんが怒っていたって“ネコ娘”が言っていたよ。
 “ネコ娘”がボクからよ〜く言っといてくれってさ』」

鬼太郎が喉の奥でクックッと笑う。

「てめぇ・・・最初からオレを使う魂胆してやがったな!!
 オレの復讐心を煽りやがって・・・」

ねずみ男のこの言葉に鬼太郎は肩を竦め

「最初にボクを煽ったのはお前じゃないか・・・」

ポツリと呟いた。

・・・『あんまり物分かりのいい振りしてるとよぉ、今に黒鴉の奴に
    お前の大事な仔猫ちゃん、掻っ攫われて喰われちゃうんじゃねぇか?』・・・

しかし当のねずみ男はそんなことはすっかり忘れているようで怪訝な表情を
浮かべつつも、

「兎に角!オレはてめぇの繰り人形じゃねぇっつ〜の!!」

そう言い残すとゲゲゲハウスを出て行った。

−−−繰り人形・・・ねぇ・・・−−−

ひとり残された鬼太郎の妖気に闇の影が忍び込み、その口元が微かに笑みを浮かべる。

−−−ボクが言葉の紐を少し動かすだけで、面白いように思った通りに動いてくれる・・・
   全くお前はよく出来た繰り人形だよ・・・これからも・・ずっと・・・ねぇ−−−



                 




         
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