−−−−−それは一か月ほどまえのこと・・・
ネコ娘が顔見知りの猫と、暫くぶりで出会ったことから始まった。
猫は暇に任せて各地を旅して回っていたらしい。
その土地・土地で得た情報などをネコ娘に話して聞かせてくれた。
猫の話は楽しくてネコ娘を大層喜ばせたが、
それもある土地での話を聞くまでのことだった。
あくまで未確認情報だと念を押し、重大な噂について教えてくれた。

東北地方の山奥に、幽霊族の父娘がいるらしいと風の噂で聞いたと言うのだ。
父親は強い妖力を持ち、自分達が住む森に結界を張っていたので
長くその存在を知られることはなかった。
が、このご時世で行き場の無くなった妖怪達を親子の住む森に受け入れたことで
父娘のことも噂に上り始めたのだと猫は説明した。



ネコ娘はここまで話すとポロポロと涙を零した。

「ごめんなさい!本当ならすぐに親父さんと鬼太郎に知らせなきゃいけないのに
 私・・・どうしても言えなかったの・・・」

目玉の親父はネコ娘の気持ちを思うと胸が詰まった。
幽霊族最後の生き残りと諦め生きて来たこの親子に、今の話をすればどんなに喜ぶか
ネコ娘には解り過ぎるほど解っている。
そしてすぐに父娘を探しに行くことも、この父が息子・鬼太郎に
その娘を娶らせようとすることも全てネコ娘には解っている。
それが解っているからこそ、鬼太郎をもうずっと長いこと想い続けているネコ娘は
言えずに苦しんでいたのだ。
言えば近い将来鬼太郎への想いに終止符を打たねばならず、
言わなければ愛しい少年とその父を裏切ることになる。
どちらにしてもネコ娘にとって地獄の苦しみだったことだろう・・・
目玉の親父はソッとその小さな手をネコ娘の白く柔らかな手に重ねた。

「それでこのところわしや鬼太郎を避けておったのか・・・」

ネコ娘は小さく頷き消え入りそうな声で幾度も謝ると

「お前さんは本当にいいコじゃのう」

小さな手が優しく頭を撫でた。
責められると覚悟していたネコ娘は驚き顔を上げると
そこには目を細め微笑む目玉の親父と
その父の心を探るように見つめる鬼太郎の顔があった。
ネコ娘は小さな子供のように泣きじゃくった。

「私、全然いいコじゃない!
 私の想いが親父さんと鬼太郎の幸せの邪魔したんだもん。
 今までもそうだったかも知れない・・・
 これからだって・・・」

目玉の親父が静かに首を横に振った。

「今までもこれからもお前さんがわしらの幸せの邪魔をすることなど
 在り得はせんよ」

「でも・・・」

「ネコ娘は今回初めて耳にしたようじゃから
動揺するのは無理からぬことかも知れんのう・・・」

目玉の親父はひとつ小さく溜息をつくと話し始めた。



幽霊族の生き残りの話は昔から何度か噂になったことがあり、
その都度、山にいると聞けば山へ
海の近くにいると聞けば海の近くへ
目玉の親父自ら探しに行ったが、何れもただの噂に過ぎず
いつかそんな噂が耳に入っても確かめに行くことをしなくなっていった。

それでもまだ不安気な瞳を向けるネコ娘にキッパリとした口調で言った。

「そんな父娘などおらんのじゃよ」

そうなのだ。
昔から流される噂は決まって‘幽霊族の生き残りの父娘’。
何者かが目玉の親父と鬼太郎を意識して作り出したものだと初めから解っていた。
解っていてもこの父は確かめずにはいられなかったのだ。
しかしそれも息子・鬼太郎のネコ娘に対する想いに気付いてからは
一族の父娘など見つからない方が幸せだと思うようになっていった。
もし、本当にそんな娘が見つかれば・・・
鬼太郎の気持ちを知っていてなお、愚かにも無理を強いてしまうかも知れない。
その結果、ネコ娘を想う鬼太郎を不幸にし、鬼太郎をずっと想い続けてくれている
ネコ娘をも不幸にし、鬼太郎に愛されない同族の娘もまた不幸にしてしまうのだ。
自分勝手な夢のために・・・そんなこと断じてあってはならない。

物思いに耽る目玉の親父をジッと見つめる鬼太郎とネコ娘の視線に気づき
現実に戻った。

「これからも耳に入るかも知れんが
 気にすることはないからの」

目玉の親父はそう言うと優しく微笑んだ。
その優しい眼はやはり鬼太郎に似ていてネコ娘は久しぶりに笑顔になれた。
しかし鬼太郎はとても笑う気になどなれない。
それどころか先程からずっと憮然とした表情である。

「父さん!なんでもっと早く今の話をボクにしてくれなかったんですか?」

「言わなかったかのぅ?
 お前が忘れとるんじゃないか?」

「聞いてません!
 だからボクは今でも父さんが夢を諦めずに探しているのかと・・・」

 −−−そう思うとどんなに辛かったか・・・−−−

最後の言葉は発せられることなく鬼太郎の喉の奥に飲み込まれた。
鬼太郎も父親同様、同族の父娘など作り話だと判っていたが
いつか必ずネコ娘を娶ると決めている鬼太郎にとって
自分の父親が同族の血に拘り続けていると思うと
とても冷静ではいられなかった。

そんな鬼太郎に目玉の親父はニヤニヤしながら言った。

「わしが今でも同族の父娘など探しておったら
 『ネコ娘を嫁に』などとは言わんよ」

ネコ娘は見る見る顔を赤くするが、鬼太郎はプィッと顔を横に逸らすと

「悪い冗談は止めてください!」

そう言ったが、それはいつもの様な言い方ではなく
目玉の親父には

 −−−−−からかわないで下さい!!−−−−−

と、テレて言っているのがわかり吹き出しそうになった。
しかしネコ娘は、その言葉通りに受取り悲しげに眼を伏せた。
そのネコ娘の表情に気付いた目玉の親父が

「ネコ娘、またいつでも遊びに来ておくれ。
 わしも鬼太郎も待っているよ」

そう言うと、鬼太郎もいつもの笑顔を見せ頷いた。
久しぶりに見る鬼太郎の笑顔にネコ娘の胸が甘く疼き
思わず鬼太郎から顔を背けてしまった。
ネコ娘のその仕草に今度は鬼太郎が不安げな表情になる。

 −−−やれやれ・・・じゃのぅ・・・−−−

目玉の親父が苦笑していると玄関の戸が開き
砂掛けが調合した薬とお粥を持って入って来た。

ネコ娘は笑顔で砂掛けに頭を下げる。

「おばば、心配掛けてごめんなさい」

「ほんに心配したぞ。やっといつもの笑顔に戻ったようじゃの。
 良かった。良かった」

ネコ娘が身体に異変を起こすほどの悩みなど、鬼太郎に関する事以外
ありはしないだろうと砂掛けもとっくに気が付いていた。
だからネコ娘が倒れた時、イの一番にゲゲゲハウスに化け烏を飛ばしたのだ。

砂掛けが戻って来たので、目玉の親父は家に帰ることとした。
それでもまだ心配そうにネコ娘を見つめる鬼太郎に

「わしらがおってはネコ娘がゆっくり休めぬよ」

そう諭すと、鬼太郎も渋々立ち上がり、ネコ娘の家を後にした。





鬼太郎は周りの景色をゆっくりと眺めながら歩いた。
ネコ娘と会えなくなってからずっと、鬼太郎の目も心も
何も映さなくなっていたが今は違う。
この一か月の間にすっかり冬から春へと季節は移っていたのだ。

冬の真っ白な雪景色
春の薄紅色の桜吹雪
夏の淡い蛍の灯
秋の銀色に輝く薄群・・・

そのどれもが自分の目や心に美しく映るのは
いつも傍に彼女の笑顔があってこそなのだ。
鬼太郎は今回のことで改めて思い知った。

 −−−ボクの全ては君あればこそ・・・−−−




                    



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