「寒さが苦手な猫妖怪がこの雪の中森で行き倒れるとは・・・よほどの事情があるのやも知れん」

砂掛けがまだ目覚めぬ少女を気遣い声を潜めて話す。

「それにしても鬼太郎が通り掛からねばこの寒空の下、どうなっていたことやら・・・
 この時期、森の中に入るモノは殆どおらんからのぅ・・・」

珍しく子泣きもキリリとした表情を見せる____と、そこへ目玉の親父とねずみ男が
知らせを受け駆け付けて来た。
いや・・・正確には、知らせを受けたのは目玉の親父だけで、
ねずみ男はたまたまそこに居合わせただけのお邪魔虫なのだが、
部屋に入るなり、鼻息も荒く

「おい!おい!お前ら!コイツを横丁に住まわそうなんて考えてんじゃねぇだろうな!
 どこの馬の骨・・・いや!猫の骨かもわかんねぇのによ!
 森で生き倒れなんて碌なもんじゃねぇぜ!!オレ様は絶対反対だからな!!」

凄い勢いで捲し立てた。
しかし、

「誰もお主の意見なぞ聞いてないわ!仲間に迷惑ばかり掛けるお主の方が
 よっぽど碌なもんじゃない癖しおって!」

「そうじゃ!そうじゃ!猫妖怪が横丁で目を光らせておれば、
 お前の悪さも少しは治まるというもんじゃ!」

「それは名案じゃ!子泣きもたまにはイイことを言うわい!」

「横丁が賑やかになるとは、嬉しいばい」

「ぬり壁も・・・賛成」

逆に猫妖怪を横丁に住まわせる方向に皆の気持ちを向けてしまった。

「まぁ!まぁ!まだ何も分からんうちから言い争っても仕方なかろう!」

険悪なムードに堪らず目玉親父が間に入るが、

「どいつもこいつも能天気が集まりやがってよぅ!!何があってもオレ様はしらねぇからな!!」

捨て台詞を吐き、部屋を出て行ってしまった。

「やっと静かになったわい!・・・それにしても、あの騒ぎでも目覚めぬとは・・・
 何か術でも掛けられとるんじゃ・・・」

砂掛けがそう呟いたその時だった。
突然、眩しいばかりの閃光が部屋を照らし、爆音のような雷鳴が鳴り響き、地を揺らす。

「ひゃぁ!」

「なんじゃ?なんじゃ?」

皆、騒然となる中、

−−−お婆・・・?−−−

鬼太郎の脳裏に庵のお婆の姿が過った。

すると・・・
今の雷が合図だったのだろうか?
鬼太郎の隻眼が、そのアーモンド型の大きな瞳を開く少女の姿を映した。

「と・・・父さん!」

咄嗟に父を呼ぶが、声が震えているのが自分でも分かった。

「おぉ!やっと目覚めおったか!どこか痛めてはおらぬか?」

目玉親父の問いに、少女は小さく首を横に振る。
一同、布団を囲むように集まり、矢継ぎ早に名前やここに来た経緯などを聞くが、
猫妖怪の少女は困惑した表情で首を振るばかりだ。

「困ったのぅ・・・記憶喪失じゃろうか?」

いつもより更に眉毛を八の字にした子泣きに

「何が困るもんか!酒の飲み過ぎで年中記憶の無い爺の癖に偉そうに!
 記憶なんか無くたって、ちゃんと生きていけるよぅ、わしが教えるから大丈夫なんじゃ!」

少女に不安を感じさせないようにと、すっかり母親気分の砂掛けが胸を叩いて見せた。

 そんな二人のやりとりも鬼太郎の耳には全く入っては来ない。

この日まで・・・言葉では尽くせない程の絶望感に、どれ程心が乱されたことか・・・

−−−今度こそ、ボクのこの命に代えても守ってみせる・・・−−−

隻眼が、その身に光の魂を持つ猫妖怪唯一人を映し、
少女の大きな瞳は、深い闇をその身に隠す、隻眼の少年を映す。

ゆっくりと少女の手が少年に伸ばされ、その手を掴もうと少年の手が膝を離れ・・・

「鬼太郎・・・鬼太郎!」

砂掛けの声に、鬼太郎は現に引き戻された。
少女の手は既に布団の中だ。

「えっ?何?」

「さっきから黙ったままで・・・どうかしたかのぅ?」

子泣きの細い目が心配気に鬼太郎を見つめる。

「・・・ごめん。何でもないんだ・・・それより、何?」

いつも通りの笑顔を作り、顔を上げた鬼太郎に

「名前がなかばってん、皆でな〜ぁ、名前を付けよういうことになったとよ」

一反木綿が説明をした。
すると・・・
鬼太郎自身、思い掛けないことだっただろう。

「・・・ネコ」

思わず口をついて出てしまった。
チラリと鬼太郎の隻眼が父を窺い、それから、気まずい様に逸らされるのを知ってか知らずか、
今まで腕を組み黙っていた目玉親父が徐に口を開く。

「猫妖怪の娘じゃから・・・“ネコ娘”じゃ!」

キッパリと言い切る目玉親父に、一同、シーン・・・と、静まりかえり・・・
それから・・・

「猫妖怪じゃから“たま”じゃろう!」

「酔っ払いの爺は黙っとれ!今、洒落た名前を考えとるんじゃ!」

「西洋でもな〜ぁ、通用する名前がよかろうもん」

口々に勝手なことを言い、暫し、大騒ぎになる。

「こうして言い合ってても収集がつかん!本人に決めてもらうのが好かろう!」

皆がそれぞれ考えた名前を紙に書き、少女の前に掲げると、
少女は即座に答える。

「ネコ娘!私・・・ネコ娘!」

アーモンド型の大きな瞳が嬉しそうに弧を描き、ここに“ネコ娘”が誕生したのだった。



 それから・・・幾度も季節は流れ・・・

  

 「おはよう!」

横丁にいつもの明るい声が響く。

「おはよう!ネコ娘!」

「ネコ娘!今からバイトかい?」

「ネコ娘!いってらっしゃい!」

今では、誰もネコ娘が森で行き倒れていたことなど、すっかり忘れてしまっている。
皆の中で彼女は、もうずっと横丁に住む猫妖怪の“ネコ娘”なのだ。

時折・・・不思議な会話を耳にすることがある。

「ネコ娘!これ持ってお行き。小さいころから好物だったじゃろう?」

「うん!ありがとう!!昔からこれには目がないの!」


「ネコ娘!お転婆ばかりするでない!全く・・・小さい頃から変わらないのぅ」

「にゃっ!ごめんなさ〜い!」

あのねずみ男でさえ、

「生意気になりやがってよぅ!ガキの頃なんざぁ、鼻水垂らして、しょんべん洩らしてやがった癖に!」

まるでその頃の彼女を知ってるかのような暴言を吐き、

「なんですってぇ〜!!」

幾筋もの引っ掻き傷を顔に作る。

何故かは分からない。
が、皆の思い出の中には、幼いネコ娘のはしゃぎ回る姿があるようだ。
それが、あたかも真実であるかのように・・・

勿論___と、鬼太郎が呟く。

−−−勿論、ボクの思い出の中にもキミはいるよ・・・真白な毛並みの小さなキミが・・・−−−

鬼太郎の足が止まり、薄汚れた石の前で跪く。

「ネコのお母さん・・・今日も彼女は笑顔です」

その声に応える様に、供えた花が微かにサワリと揺れた気がした・・・






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