文
森の奥、ねずみ男が空き腹を抱えウロウロしているとネコ娘の家の方から
白煙と共に香ばしい匂いが漂ってくる。
−−−猫女の奴、焼き芋焼いてやがんな−−−
ホクホクの焼き芋が食べられるなら、あの大きな目で睨まれようが、嫌みのひとつやふたつ言われようが
安い物・・・ねずみ男は匂いの方へと近づいて行く。
「よっ!ひとりで焼き芋とは、相変わらず色気ねぇなぁ」
「煩いわねぇ!!来たってアンタの分なんか無いわよ!!」
ツンとした表情でそう云い放ちながら、炎の中に何やらぐちゃぐちゃに丸められた紙を幾つもくべていく。
それは書き損じの便箋のように見える。
−−−なんだぁ?−−−
ねずみ男は何気ない風を装い炎に近づくと、まだ焼けていない部分を素早く拾い上げ袂に入れた。
幸い炎の反対側にいるネコ娘には気付かれずに済んだようだ。
暫しパチパチと弾ける炎の音だけが二人の耳に響く・・・
「おい・・・もう焼けたんじゃねぇか?」
「・・・うん・・・」
ネコ娘は長い枝を使って炎の中から焼き芋を取り出すと、
「鬼太郎と親父さん・・・それと・・・アンタの分!」
笊に乗せ、ねずみ男に手渡した。
「お前は行かないのかよ?」
「私は・・・いいよ・・・いろいろ忙しいし・・・」
ネコ娘の瞳が寂しげに揺れる。
−−−はは〜ん!こりゃあれだぜ。犬も喰わない何とやら・・・だな−−−
また鬼太郎の無反応にネコ娘が腹を立てた・・・そんなとこだろう・・・
2〜3日もすれば、また元通り・・・いつものことだ。
ゲゲゲハウスへ向かうねずみ男の足が止まり、袂から先程ネコ娘には内緒で仕舞った
焼け残りの紙を取り出した。
「よっ!お二人さん!土産持って来てやったぜ!」
まるで自分の家に帰って来たかのようにずかずかと上がり込む。
「ねずみ男。お前が土産じゃと?どうせどこかでくすねて来たんじゃろう?」
卓袱台の上の目玉親父が悪態を吐く。
「ちゃんと貰ってきたんだよ!ネコ娘の奴に」
ネコ娘と聞いて鬼太郎の表情がピクリと微かに動く・・・が、ねずみ男は素知らぬフリで
目玉の親父と鬼太郎の前にそれぞれ一本づつ焼き芋を置いた。
目玉の親父とねずみ男の焼き芋は新聞紙に包まれたもの。
だが、鬼太郎の焼き芋は柿渋色に染められた皺だらけの便箋に包まれている。
−−−?−−−
開くと、所々焼けてはいるが、見覚えのある少女らしい文字が並び、
暫し、彼の隻眼がそれを追う。
やがて・・・
「父さん。ちょっと出掛けて来ます」
柿渋色の便箋を懐に仕舞い、ゲゲゲハウスを出て行った。
「ねずみ男。あれはネコ娘からの?」
「それ以外誰がいんだよ!読んだこっちがこっぱ恥かしくなっちまったぜ!」
「お前!読んだのか?!!」
「おい!おい!人聞きの悪いこと言うなよ!ちょこっと目に入っちまっただけっつ〜か・・・
頼む!鬼太郎には内緒に!!」
ねずみ男は平身低頭、目玉の親父を拝み倒す。
「まぁ、内緒にしてやらんこともないが・・・」
その代り・・・とばかりに、目玉の親父は人差し指をクイックイッと曲げ、
ねずみ男を招く素振りを見せ、
「・・・で?手紙にはなんと?」
ワクワクした表情で尋ねる。
「なんだよ!親父も聞きてぇんじゃねぇかよ!・・・あのよ・・・」
今は二人だけのゲゲゲハウスだが、用心に越したことは無いと思ったのか
辺りをキョロキョロ窺い、ねずみ男は目玉の親父に耳打ちをした。
「ほぅ〜!」
「なっ?!こっぱ恥かしいだろ?!」
「そんなことはない!ネコ娘らしい、素直な良い手紙じゃ!
まっ!お前さんには分からんじゃろうがな!」
「へい!へい!そんなもんですかねぇ〜?」
彼の娘からの便箋を胸に立ち上がった時の息子の頬が、少しだけ朱に染まって見えたのは
囲炉裏の炎が映り込んだ所為ばかりではなかったのだと小さな目玉がほっこりと弧を描き、
また焼き芋に齧り付いた。
完
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