父思う

目玉の親父は茶碗風呂に浸かりながら
息子・鬼太郎とネコ娘のことを考えていた。

何事にも執着や拘りを見せたことがない息子が
ネコ娘には唯一執着し拘り、絶対に手離そうとはしないことを
もうとっくにこの父は気付いていた。
だからこそ『ネコ娘を嫁に・・・』と、冗談混じりに言ってみたのだが
いつものようにかわされてしまった。
その鬼太郎の言葉や態度に傷ついたであろうネコ娘のことを思うと
息子の頭のひとつもポカリと叩いてやりたくなるが、今の鬼太郎にネコ娘を
娶るとは決して言えない言葉だということもまた、解ってはいたのだ。


妖怪の中には、この世を牛耳り自分の思い通りにしようと企む者が
少なからずいる。
鬼太郎はそういう輩にとって、眼の上のタンコブなのだ。
そんな敵に鬼太郎の想いを知られたりしたら
どんなことになるか考えるまでもない。
ネコ娘を餌に鬼太郎を誘き出し、手も足も出せない鬼太郎の命を簡単に奪うだろう。
鬼太郎はそれでネコ娘が助かるなら、命を奪われること位何ともないことだ。
鬼太郎が心底本当に恐れているのは、ネコ娘が鬼太郎の足手纏いになるまいと
自ら命を絶つだろうことだ。
彼女のあの鋭い牙なら簡単に自分の舌を噛み切れる。
そうすることで鬼太郎が戦うことが出来るなら
ネコ娘もまた命を絶つこと位厭いはしないのだ。

だから鬼太郎はもうずっと溢れ出そうになる想いを
敵は勿論のこと味方にも、ネコ娘自身にさえ悟られぬように
細心の注意を払い隠し続ける。

だが・・・と、父は思う。
それも後、百年位のものだ。
鬼太郎の成長にともない妖力ももっと強大なものとなる。
その妖力に適う敵など殆ど存在しないだろう。
そうなれば、今とは逆に鬼太郎の傍にネコ娘を置いておく方が安全なのだ。
いつかそんな時がきたら息子・鬼太郎は真っ先に彼の娘を迎えに行くのだろう・・・

目玉親父の顔が、知らず知らず綻んだ。

「父さん、どうしたんです?」

ひとりニヤける父親に鬼太郎が怪訝な面持で訊ねた。

「あっ・・・いや・・・ネコ娘に貰うた、この紅茶風呂が気持よくてのぅ・・・
 極楽、極楽」

‘ネコ娘’と聞いて鬼太郎の表情がピクリと動いたが
目玉の親父は素知らぬ振りをして言葉を続けた。

「今日はまだ来とらんようじゃが・・・ネコ娘はアルバイトに行っておるのか?」

「今、横丁を過ぎたので、もうすぐ来ま・・・」

そこまで言うと気まずそうに顔を逸らせた。
チラリと見えた頬が赤い。

もうずっと昔から息子は唯ひとりの気配を探り、感じ取っているのだろう。
好奇心旺盛な猫妖怪が、いつ・どこで助けを求めても
すぐに駆け付けられるようにと・・・

噂をすれば何とやら・・・
今日も元気なネコ娘の声が響いて来た。

「鬼太郎〜!親父さ〜ん!ケーキ持って来たわよ〜!!」




                      



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