真暗な森の中、ネコ娘の赤い傘が彼女の心を映した様に寂しげに揺れる。

−−−今頃盛り上がってるだろうなぁ・・・−−−

今夜は砂掛けの妖怪アパートでミウとカイを招いての宴会が催されている。
勿論、ネコ娘も呼ばれているのだが、目の前で鬼太郎とミウが仲良く微笑み合う処など見てしまったら
とても平静ではいられない・・・
きっと一番見せたくない自分を鬼太郎に見せることになってしまう・・・
だから・・・行かない・・・最初からそう決めていた。

−−−鬼太郎・・・ミウちゃん・・・ごめんね・・・−−−

いつか・・・笑って『良かったね』って言える様に頑張るから・・・
心からじゃなくても二人にこの気持ちを悟られないぐらいの笑顔を作れるように頑張るから・・・


ネコ娘は大きな瞳から零れ落ちる雫を隠すかのように小雨が降り続く真暗な空を見上げた・・・







 砂掛けの妖怪アパートでは横丁の主だった妖怪達が集まり大いに盛り上がっていた。
ミウは鬼太郎の隣に座っていたが、何を話し掛けても彼から返ってくるのは

『うん』  『そうだね』  『そう・・・』

生返事ばかりで彼から話し掛けてくることはない。
笑顔は見せてくれるものの、彼の心はここには無いようだ。

そう・・・あれから・・・人間の男があの可憐な猫妖怪に告白するのを聞いてから・・・ずっと・・・
あの時、二人の間に彼が投げた毛槍の意味は・・・?

そもそもネコ娘のバイト先に行ったのもデートなどでは無かった。
店に行く直前まで目玉の親父と砂掛け、子泣きも一緒だったのだから・・・
この三人は忙しなく動く人間界に疲れ、先に横丁に戻ったまでのことだ。

−−−そう言えば・・・−−−

その時、目玉の親父が頻りに一緒に帰ろうとミウに言っていたことをフッと思い出す・・・

−−−鬼太郎さんが誰に逢いに行くのか知っていた・・・?−−−

そして・・・息子の気持ちも・・・

ミウの瞳が子泣きと酒を酌み交わす目玉の親父の姿を映した・・・




そんな中、鬼太郎はひとりソッと部屋を出ると外が見える玄関の土間に腰を降ろす。

外は相変わらずの雨・・・
赤い傘はまだ見えない・・・

鬼太郎の唇から吐息がひとつ零れた・・・

「鬼太郎さん・・・誰か待ってるの?」

背後からミウが声を掛ける・・・どうやら部屋から消えた彼を探しに来たらしい。

「いや・・・少し酔い覚まし・・・」

微笑んでそう言う鬼太郎の横顔が彼の真実をミウに語り掛ける___『大切なあの娘を待っている』と・・・

ずっと気付かない振りをしてきた・・・でも・・・もう無理・・・
だから・・・

「・・・明日、鬼界ヶ島に帰ることにしたの」

「まだ来たばかりなのに?」

「カイも思う存分買い物して満足したみたいだし・・・私の・・・
 私の用事ももう済んだから・・・それに・・・私の居場所はあの島なんだって
 離れてみてよく分かったの」

ミウの両手がスカートを固く握り締める。 

「鬼太郎さんも・・・そうでしょ?」___この横丁が・・・ネコ娘が彼の居場所なのだ・・・

鬼太郎が微かに頷く・・・今まで一度もミウに見せたことの無いその横顔の優しさに
胸が痛いほど切なくなった・・・

暫し沈黙の二人の耳に雨の音だけが響いてくる・・・
とその時、宴会場と化した部屋から砂掛けがミウを呼ぶ声が聞こえてきた。

「私、部屋に戻らなきゃ・・・」

ミウが振り返るとすでに鬼太郎の姿はなくなっていた・・・





 外は小雨に変わったが、家に帰ったネコ娘の心の中は嵐の様に激しい雨が降り続いている。
ポケットから取り出したハンカチに包まれた鬼太郎の髪の毛・・・
人間の男とネコ娘の間を割る様に鬼太郎が放った細い槍は既に亜麻色の髪の毛へと戻っていた。
たった一本の髪の毛・・・だが、それが愛しい彼のモノならばネコ娘にとっては宝物だ。
例え彼の心の中が自分以外の女性で占められていたとしても
この髪の毛だけは自分のモノ・・・

でも・・・何故?
普通の人間に彼はこんなことを・・・

『ネコ娘は人間を信用し過ぎる』

いつだったか彼にそう言われたことがあった・・・
きっと仲間として心配してくれているのだろう・・・そのことで哀しい思いをしないように・・・

玄関の戸が開く音が聞こえ

「ネコ娘!いるんだろ?!」

こちらの返事も待たず、鬼太郎が部屋に入って来た。
彼はいつもの様にいつもの席に腰を下ろす・・・すると、ネコ娘はまたいつもの様に
お茶を煎れに席を立とうとするが、それを彼は静かに制した。

「宴会に横丁の花一輪が見えないと皆が寂しいってさ・・・」

「これからはミウちゃんが横丁の花一輪でしょ?
 鬼太郎と・・・なれば横丁に住むことに・・・」

鬼太郎に泣き顔なんか見せたくない・・・なのに涙が溢れて止まらない・・・
しゃくりあげながらの言葉は所々不明瞭だ。

「彼女は明日、鬼界ヶ島に帰るそうだからねぇ・・・横丁の花一輪にはならないみたいだよ」

「鬼太郎・・・振られちゃったの?!」

その言葉に鬼太郎は肩を竦め

「ネコ娘が思うほどボクはモテないみたいだよ」

おどけた様に言った。

「ううん!そんなことない!鬼太郎は素敵だよ!誰にでも優しいし責任感も正義感も・・・」

本気で鬼太郎が振られたと思っているネコ娘がまだ潤んだ瞳で一生懸命励ますと
それを聞く彼の隻眼が愉しそうに弧を描いた。

「皆が待ってる・・・一緒に行こう」

鬼太郎は席を立ち片手を差し出す。

「・・・うん」

ネコ娘の手が絡められた。


外に出ると雨はすっかり上がり、星が瞬いている。

「明日は晴れるね!」

鬼太郎の横でネコ娘が嬉しそうに笑った・・・





                      終


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