Doll

「覚えてなさいよ!今にベアード様があんた達を全員
 血祭りにあげてくれるわ!!」

逃げながらも捨て台詞を忘れない魔女・ザンビア。

「待て!!」

鬼太郎がリモコン下駄を飛ばすが、寸出の所でかわされてしまう。
空中戦での頼みの綱・一反木綿は既にボロボロにされていた。

「ほんなこつ、くやしか〜〜〜!!」

それでも鬼太郎は毛針や下駄で、砂掛けは大量の砂を投げ
地上から攻撃を続ける。

「もう!本当にシツコイわね!これでもくらいなさい!!」

鬼太郎めがけ、ザンビアが手を振り翳した。

「危ない!鬼太郎!!」

咄嗟にネコ娘は鬼太郎を突き飛ばすが、ザンビアの放った魔法を
その身にモロに受けてしまった。

「ニャッ!」

「ネコ娘!!」

この隙にザンビアは高笑いを残し、まんまと逃げて行ってしまった。


ネコ娘の身体を眩しい光がスッポリと包む。

「ウニャッ!何これ?!」

すぐに光は消えたが、この間、ほんの一瞬の出来事で
鬼太郎も皆もネコ娘を助けることが出来なかった。

光が消えた後のネコ娘はただダラリと俯き加減に
座っているように見える。

「ネコ娘、大丈・・・!!」

鬼太郎は絶句した。
そこにいるのは等身大のビスクドールに変えられてしまったネコ娘だ。

「ネコ娘−−−−−!!」


その後の事を鬼太郎はよく覚えてはいない。
人形にされたネコ娘を抱き上げ、どこをどう歩いて
ゲゲゲハウスまで戻ったのか・・・
砂掛けや一反木綿がいつ帰ったのか・・・
気が付いた時にはこのゲゲゲハウスで人形のネコ娘を抱きしめ
呆然としている自分がいた。

卓袱台に目を向けると、そこには父からの置手紙があった。

『井戸仙人の処へ行って来る。安心して待っておれ。 父』

−−−父さん・・・−−−


ネコ娘が人形に変えられてから三日が経った。
この三日で分かったことは、水分も食糧も摂れないネコ娘は
少しづつ弱っているだろうということと、
磁器で出来たビスクドールは、衝撃を与えると壊れてしまうと
いうことだ。
つまり両方とも【ネコ娘の死】を意味していた。
それを知ってからの鬼太郎は、自分の唇から人形のネコ娘の唇へ
毎日生気を吹き込んでいた。
が、それが彼女にどこまで効いているのかわからない。
もしかすると全くの無駄な事かもしれない。
それでも鬼太郎は何かせずにはいられなかった。

その鬼太郎もこの三日、何も口にせず、寝てもいない。
その上、ネコ娘に生気を与え続けているのだ。
心配した砂掛けや横丁の仲間が交代でネコ娘を看ると言うが
鬼太郎は静かに首を横に振り、決してネコ娘を抱いている手を
弛めようとはしなかった。



六日目の夜、妙に冴え冴えとした月の灯りが
鬼太郎とネコ娘を包んでいた。

「ネコ娘、今日の月はとても綺麗だよ・・・」

答える筈もない人形のネコ娘に鬼太郎が話しかける。
そして、話し掛けながら涙が止め処なく流れる。

「どうして?!どうしてボクを庇ったりしたんだ!!」

もう六日、井戸仙人の処に行った父は一度も帰って来ない。
それだけ薬作りが難航しているということだろう。

「このまま・・・このまま君が逝ってしまったら
 ボクはどうすれば・・・」

その時、身体の中を一陣の風が吹き抜け
ネコ娘の想いが鬼太郎の心の中に届いてきた。

『鬼太郎・・・鬼太郎が無事で良かった・・・
 私なら大丈夫・・・もっと自分の身体を大切に・・し・・て』

自分の命が危ういというのに、こんな時でさえ鬼太郎を想い
心配するネコ娘に鬼太郎が叫んだ。

「ボクは君を守れなかった・・・
 君を守れないボクはボクでいる意味なんか無い!
 ゲゲゲの鬼太郎でいる意味が無い!!」




「このバカ息子!そんなことを言っとると薬をやらんぞ!!」

いつの間に入って来たのか、井戸仙人が薬を手に立っていた。
その後ろには目玉の親父と砂掛け、一反木綿が
取り乱した鬼太郎を心配そうに見つめている。

「薬・・・出来たんですね?!」

「わしを誰だと思っておる、このバカ息子!
 ・・・まぁ、今回は少し時間がかかったがのう」

「かかり過ぎじゃ!それに鬼太郎はバカ息子ではないぞ!」

怒る目玉の親父に井戸仙人も応戦する。

「お前の息子だ。バカ息子に決まっとろう!」

いつものように喧嘩になりかけたが、ネコ娘を一刻も早く
元に戻したい目玉の親父はそれ以上言い返すのをグッと我慢した。

「そんなことより、鬼太郎、早くこの薬を
 ネコ娘に飲ませるんじゃ!」

目玉の親父が薬瓶を鬼太郎に差し出した。

「飲ませる?飲み薬なんですか?!」

鬼太郎の表情が曇る。

「一体どうしたんじゃ?」

「親父殿、人形のネコ娘は何も飲み込むことが出来ないじゃよ・・・」

そう言いながら砂掛けもガッカリと肩を落とした。
その場にいる皆に落胆の色が浮かぶ・・・が、
鬼太郎は諦めてはいなかった。
父から薬瓶を受け取ると、一気に己の口に含み
ネコ娘の口内へと少しづつ注ぎ込んだ。
それはまるで、葉から朝露が落ちるが如く、一滴・・・また一滴・・・と
鬼太郎からネコ娘へと移っていく。
それでも最初のうちは零れてしまい、やはり駄目かと思われたが
鬼太郎がネコ娘のアゴを指で軽く持ち上げると
徐々に奥へと染みていった。

暫くすると、冷たく硬かったネコ娘の唇が、温かく柔らかな
いつもの唇に戻り、鬼太郎の表情に安堵の色が浮かぶ・・・

「ギニャ−−−−−−−ッ!!イヤ〜〜〜〜〜〜〜ァ!!」

すっかり元に戻ったネコ娘に鬼太郎は突き飛ばされた。
固唾を飲んで二人を見守っていた目玉の親父や砂掛け達は
すっかり元に戻ったネコ娘に狂喜乱舞の大騒ぎだ。
しかし、ネコ娘は喜ぶどころではない。
いくら元に戻す為とはいえ、鬼太郎と唇を重ねているのを
皆に見られたのだ。
恥かしくて、どうしていいかわからず真っ赤になって唸っている。

「イタタ・・・酷いなぁ、ネコ娘」

「だって・・・」

「ネコ娘は人形のままで良かったのかい?」

「それはイヤだけど・・・」

「そうだよねぇ・・・ボクだってイヤだよ。
 ネコ娘が人形のままじゃ、キス以上のコトが出来な・・・い・・・」

そのまま鬼太郎はネコ娘の膝に崩れるように倒れると
高イビキで眠ってしまった。
ネコ娘が元に戻り、緊張の糸が切れたのだろう。

鬼太郎に膝を貸したネコ娘が、今度は耳まで真っ赤に染めて
いつまでも唸っていたのは言うまでもない。



          終





                閉じてお戻りください