人間界の繁華街で蒼坊主は妖怪横丁に続く道を探していた。
こんな騒がしい場所に道があるとは意外だが、時としてビルとビルの谷間、
ちょっとした隙間に現れたりもするのだ。

−−−こりゃ・・・また迷っちまったかぁ・・・?−−−

いつものように呼子に来て貰うしかないな・・・そう蒼坊主が思った時だった。
彼のよく知る妖気を纏い、髪にピンクのリボンを付けた少女が
ショーウィンドウに飾られた服を熱心に見ているのが目に止まった。

−−−助かった!!−−−

蒼坊主がその少女に近づくが、少しもこちらに気付く様子が無い。
それ程何を熱心に見ているのかと、蒼坊主もショーウィンドウを覗いてみると
少女の憧れ・・・純白のウェディングドレスが飾られていた。

−−−へぇ〜・・・こりゃネコちゃんに似合いそうだ・・・−−−

・・・真白なウェディングドレスを身に纏い、眩いばかりの笑顔を自分に向けるネコ娘・・・
その彼女の隣には紋付き袴姿の自分が横丁の皆に祝福され照れた様に笑っている・・・

−−−ドレスに紋付き袴じゃ釣り合いがとれねぇか・・・けど・・・俺にタキシードっていうのもなぁ・・・
   まぁ、そん時はネコちゃんに勘弁して貰うしかねぇな・・・−−−
    
蒼坊主の脳裏にそんな妄想が浮かび、知らず知らずに顔がニヤけた。

「にゃっ!!蒼さん?!!・・・どうしたの?こんな処で・・・」

ネコ娘が驚いたような声を上げ、蒼坊主は我に返った。
どうやらガラスのウィンドウに彼の姿が映り込んで、やっと気付いてくれたようだ。

「えっ・・・いや・・・ちょっと・・・な」

頭を掻き誤魔化す蒼坊主にネコ娘がクスクス笑う。
彼女は迷子になっていたことを察しながらも、彼を気遣い

「私も横丁に帰るとこだから一緒に行こ!蒼さん!」

その細く柔らかい腕をスルリと蒼坊主の日焼けした逞しい腕に絡ませた。

−−−参った・・・−−−

胸が高鳴り、どんどん朱に染まっていく顔を隠すように笠を深めに被る蒼坊主と、
屈託無く笑うネコ娘がビルの谷間に吸い込まれるように消えて行った・・・


二人が消えた繁華街の歩道橋の上・・・
その一部始終を見ていた少年の隻眼が漆黒の闇を映し出し、
口端が微かに上がる。

−−−所詮は叶わない夢だってこと・・・教えてあげるよ・・・ねぇ・・・蒼兄さん・・・−−−

彼の妖気の所為だろうか・・・?
電線で羽を休めていた烏の群れが一斉に飛び立っていった・・・






囲炉裏を囲み、鬼太郎親子と蒼坊主が酒を酌み交わす。

「蒼さんが帰って来るって知ってたら、もっとご馳走用意したのに・・・」

ちょっと残念そうにネコ娘が煮物などいつもの料理を運び、
囲炉裏にかけた鍋を一人一人に取り分ける。

「なぁに・・・ネコちゃんの料理だったらなんでもご馳走だぜ!
 毎日こんな料理が食べられるなら、このまま横丁に腰を据えるのも悪かねぇな・・・
 どうだ?鬼太郎・・・俺と交代してみるってぇのは?」

笑顔で冗談雑じりに言う蒼坊主だが、鬼太郎に向けられている目は決して笑ってなどいない。

−−−へぇ〜・・・宣戦布告ってことか・・・蒼兄さん・・・−−−

微かにクスリと笑い、鬼太郎がスッと席を立つ。

「ボクは別に構わないけど・・・?みんながそれでいいいなら・・・ね・・・」

彼の隻眼がチラリとネコ娘の様子を窺うと彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
そして・・・

「そんなの・・・そんなの絶対駄目!!」

そう叫ぶと学童服の袖を掴んだ。

彼女のその行為は−−−行かないで!私の傍にいて!!−−−と、いうことなのだろう・・・
鬼太郎の顔に満足そうな笑みが浮かぶ。

「だってさ・・・残念だけど蒼兄さん、交代は出来そうにないよ・・・」

肩を竦め、おどけた様な仕草を見せる鬼太郎だが、蒼坊主同様
彼の隻眼もまた笑ってなどいない。
それでもまだ安心出来ないのか、ネコ娘は鬼太郎の袖を掴んだまま
潤んだ瞳を真直ぐに彼に向けている。
鬼太郎は喉まで込み上げてくる笑いを飲み込み

「ネコ娘・・・ちょっと酔い覚ましに外に行きたいから離してくれるかな・・・
 大丈夫・・・心配しなくてもボクはどこにも行きやしないよ・・・」

いつもの優しげな笑みを彼女に向ると
学童服の袖から緩々と彼女の手が離され、鬼太郎が外に出て行った。

二人のやり取りをずっと瞬きもせず見つめていた蒼坊主だが、

−−−今はそうでも・・・俺達には時間だけはたっぷりあるんだぜ・・・
   ネコちゃんの気持ちを変えちまう位にな・・・だろ?鬼太郎・・・−−−

そう心の中で呟くと持っていた杯を一気に飲み干した。

そんな中、鬼太郎が置いて行ったバケローが異変を知らせる。

「今、妖怪ネットに大変なニュースが入った!北海道で封印した妖怪の封印石が
 何者かによって壊されたようだ!」

突然の知らせに蒼坊主の顔色がサッと変わり

−−−たまにネコちゃんの手料理を楽しんでたらこれだぜ・・・−−−

素早く六角杖を手に取ると、目玉の親父とネコ娘に慌しく挨拶を済ませ
ゲゲゲハウスを飛び出して行った・・・


封印石が何者かによって壊される・・・もしや・・・敵が何かの目的で・・・
目玉の親父の脳裏に一抹の不安が過ぎる・・・
と、その時、またバケローの声が響いた。

「申し訳無い・・・先程のはどうやら誤報のようだ・・・」

「えぇ−−−−−−−−−−−っ?!誤報ぉ−−−−−!!」

目玉の親父とネコ娘が顔を見合せ同時に叫んだ・・・






ここはゲゲゲの森の高い木の上・・・ゲゲゲハウスから慌てて飛び出す蒼坊主の姿を
その隻眼に映し、鬼太郎が薄い笑みを浮かべる。

「・・・妖怪ネットニュースに誰が誤報を流したんだろう・・・ねぇ・・・蒼兄さん・・・」

月明かりも無い真暗な森の中、クスクス笑う鬼太郎の笑い声だけが
いつまでも響いていた・・・


           
 終


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