やっぱり・・・


−−−とっくに分かってたことじゃない・・・なんとも思われてないなんて・・・−−−

ネコ娘は自笑すると、もう少しで涙が零れそうな瞳を隠すように湯船に全身を沈めた。

−−−このまま溶けて消えちゃいたいよぅ・・・
   そうすればこの苦しい想いから解放されるのに・・・−−−

涙を隠すように湯船に沈んでも、後から後から涙が溢れて止まらない・・・
いつもなら少し泣けば元気になれた。
また笑顔で何事も無かったように逢うことが出来た・・・だけど・・・

昼間の出来事が大きな棘となってネコ娘の胸に深く突き刺さり
今回ばかりは容易に抜けそうもない・・・




今日は砂掛けのアパートで横丁恒例、春の花見についての話し合いがあり、
主だった妖怪たちが集まることになっていた。
最近バイトの掛け持ちでゲゲゲハウスにも顔を出せなかったネコ娘は
久し振りに鬼太郎に逢えるこの日を何日も前から楽しみにしていたのだ。
当然、朝から鏡の前で服をとっかえひっかえ一人ファッションショーが繰り広げられた。

「春だもん・・・これぐらい着てもいいわよね・・・?」

鏡に映し出されるネコ娘の姿は・・・サーモンピンクのチューブトップに
いつもよりさらに短いスカートだ。

「あっ!いけない!!もうこんな時間!」

傍に置いてあったカーディガンを羽織ると、ネコ娘は慌てて家を飛び出して行った・・・


ネコ娘が妖怪アパートに着くと、すでに皆は集まり話し合いの真っ最中だった。

「おぉ!待っとったぞ!ネコ娘!」

砂掛けの声に皆の視線がネコ娘に集まる・・・が、鬼太郎はチラリと目線を向けただけで
後は何の反応もない。

−−−まぁ・・・期待してなかったけど・・・−−−

ネコ娘はひとつ溜息を吐くと空いてる席に腰を降ろした。

暫くすると粉雪雑じりの風が窓から吹き込み、ネコ娘の胸に嫌な予感が広がる。
案の定、雪女・葵がヒョッコリと顔を覗かせた。

「こんにちは!動かずの森にしかない珍しい薬草を持って来たんだけど・・・
 鬼太郎は・・・あっ!いた!いた!!」

鬼太郎の傍に駆け寄る葵の服は胸元が大きく開き、あの豊かな胸が一層強調され
更にスカートもネコ娘同様、屈むと見えてしまいそうなほど短い。
葵は鬼太郎の前でクルリと回って見せ

「どう?春らしいでしょ?!」

などとのたまう。

−−−鬼太郎にそんなこと聞くだけ無駄なんだから・・・−−−

ネコ娘は内心そう思ったが、その目の前で

「とっても似合ってるよ」

鬼太郎が笑顔で彼女を褒めたのだ。
いつもならここでネコ娘が怒り狂い、鬼太郎は頬のひとつも抓られるのだが・・・
いや・・・いつものネコ娘なら葵が鬼太郎の傍に行こうとした時点で二人の間に立ちはだかる筈・・・

−−−ネコ娘・・・?−−−

鬼太郎が顔を上げた時には部屋の中にもうネコ娘の姿はなかった。

鬼太郎にとって雪女の葵は妖怪退治の仲間としての感情しかない。
そんな彼女が露出度の高い服を着ようが、それは葵の勝手だ。
鬼太郎には更々関係がないこと。
だから素直に褒めることも出来る。
だが・・・ネコ娘は違う・・・彼女の全ては自分のモノだ。
その彼女が必要以上に露出度の高い服を着て、世の男どもの関心を買い
あの透き通り吸い付くような肌を自分以外が愛でるようなことが、もし起こったとしたら
その時は・・・

−−−ボクはボクを止められないよ・・・その覚悟は出来てるのかい?・・・−−−

身に潜む闇が主導権を握ろうとジワジワと蠢くのを鬼太郎は感じていた・・・




あの日からずっとネコ娘は鬼太郎には逢っていない。
時間が空くと彼に逢いたくて逢いたくてたまらなくなってしまう・・・
だからバイトの数も増やしたのだ。

「暇だね・・・猫さんはいつも頑張ってくれるから、今日はもう上がっていいよ」

店長に言われ、ネコ娘はロッカー室に向かうと、置いてある椅子に腰を降ろした。
予定よりだいぶ早い上がり・・・が、横丁にはまだ帰りたくない・・・

−−−映画にでも行こうかな・・・−−−

悲しい物語なら、ひとりで泣いてても変に思われないだろう・・・
ネコ娘はいつものジャンバースカートに身を包み、店の裏口を開ける・・・

「あれ?ずいぶん早いようだけど?」

その声に驚くとともにネコ娘の胸が痛いほど高鳴り振り返る。
ガードレールに腰掛けた鬼太郎が、その隻眼を真直ぐこちらに向けていた。

「き・・・鬼太郎?!!どうしたの?何か事件でも?」

しかし・・・この辺りで妖怪絡みの事件の気配など全く感じない・・・

「珍しくねずみ男の奴に貰い物をしてね・・・」

ヒョイッとガードレールから飛び降り、鬼太郎がねずみ男からの貰い物とやらを
ネコ娘の目の前に差し出した。

「えっ?・・・これって・・・」

ずっと前から観たかった甘〜いラヴロマンスの映画のチケットだ。
しかも2枚・・・

「ネコ娘・・・こういうの好きだよね?」

「・・・うん・・・」

「良かった・・・じゃぁ。行こうか」

「えっ?鬼太郎も一緒に行ってくれるの?」

思いもよらない彼の言葉に、ネコ娘の頭の中はパニック状態・・・軽い眩暈まで感じる・・・

「ネコ娘が他の誰かと行くって言うのならボクは遠慮するけど・・・?」

他の誰か・・・勿論鬼太郎以外の男を指している。
もし本当にそんなことになったなら・・・

−−−どうなっても知らないよ・・・ねぇ?・・・ネコ娘・・・−−−

隻眼に闇の影を映した鬼太郎の目の前でパニック状態から我に返ったネコ娘の首が
大きく何度も横に振られる。

「鬼太郎と一緒がいい!私・・・鬼太郎がいいの!!」

彼女のこの言葉に鬼太郎の全身が潮が満ちる様に満たされていく・・・
鬼太郎の差し出した手にネコ娘が指を絡め二人は歩き出した。

「やっぱり・・・ネコ娘は・・・」

「えっ?」

「やっぱりネコ娘はいつもの服がボクは一番似合ってると思うよ」

「にゃによぅ!突然!・・・変な鬼太郎!!」

真赤になって怒ったようにそう言うネコ娘は、先程まであんなに大きく消えることがないと思っていた
凍てついていた悲しみが、もうすっかり消え失せていることに気が付いた。

「やっぱり・・・鬼太郎は・・・」

「えっ?何?」

「にゃんでもにゃ〜い!!」

−−−ズルイんだからぁ・・・−−−


            



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